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「和泉、おっそーい!」
週末の大衆居酒屋のざわめく店内に入った途端、同期の小田と高梨、そして先輩の宮城が振り返って和泉を呼んだ。
「ごめんごめん。あ、オレも生」
とりあえず注文して。
箸を取ってやりながら小田が訊く。
「何? 今まで残業?」
「っつーか、現場」
「げー、きっつー。確か朝も六時くらいに出て行かなかったか? で、夜は九時までかよー」
天井を仰ぎながら言い、小田は「やだねー」なんて呟いてみる。
宮城以外は全員同じ社員寮で生活しているので、お互いの生活時間などはたいてい皆知っている。
「おだちんだって、年度末死んでるじゃん」
小田のいる設計部と、和泉のいる工事部は仕事内容から契約形態まで、全然違う。
なので必然的に繁忙期も変わってくるわけで。
「まーそーだけどー」
「お疲れさま、和泉。まあ、飲みなよ」
店員の持ってきたジョッキを和泉に手渡し、花の綻ぶような、と社員の殆どが定義する所の微笑みを見せて、高梨が言った。
「さーんきゅ」
五月も中旬を過ぎれば殆ど夏である。
今日なんかも日中は真夏日に近いくらいの高温を記録し、その炎天下をヘルメットにつなぎを着て現場指導していたのだから、和泉の喉の渇きは相当なものだ。
「うっめー!」
勢いよくジョッキを半分空けてしまうと、至福の瞬間を一言で表した。
「和泉の好きなトリカラもあるよ」
そう言って皿を回してくれたのは宮城亮介。
ここにいる四人の中では唯一の年上だ。
同期の三人になぜ彼が加わっているかというと、答えは一つ。
彼は社内一かわいいと噂の(女性社員がいるにも拘わらず、である)高梨瑞樹の“カレシ”であるからだ。
ガタイは割といい方なのだが、如何せんそののんびりした性格のせいで女性社員の受けは今ひとつだが、よくよく見ると整った顔立ちをしているのがわかる。
ただし、愛しの瑞樹の前ではその容貌も完全に崩れてしまうのではあるが。
「わーい、いっただっきまーす!」
「はいはい、他にも枝豆、奴にたこ天、各種取り揃えておりますよ、いーずみちゃんのためにね」
「あー? なにがオレのためだよ。たこ天完全に冷めてるし、奴はぐずぐずに崩れてるし、枝豆なんて……カラばっかじゃんよ!」
「あ、ばれた?」
「おだちん、コロス」
和泉は既に飲み干した自分のジョッキを後目に、小田のジョッキを横から奪い取ると、半分ほど残っていたビールを飲み干した。
「あー、オレのー!」
「すみませーん、生二つ追加ー!」
トリカラを奪い合う二人の横で高梨はくすくすと笑った。
同期の中でもとりわけ和泉と小田は仲がいい。
というのも地元が同じな上に出身高校も同じとくれば、見知らぬ土地で親しくなるのは当然である。
高梨も高卒での入社という条件は同じであるが、仕事内容が異なるため、やはり少し距離がある。
「はい和泉、メニュー。残念ながらたこ天はもう完売してしまったらしいけど、他はたぶん大丈夫だと思うよ」
「くー、たかちゃんは優しいねー、おだちんと違って」
「るせー」
「嘘うそ。ほんとはこのトリカラ、おだちんが頼んでおいてくれたんだよー。ここのトリカラ一番人気の商品だから、和泉が来たときに終わってたらかわいそうだからって。ね」
高梨のそんな台詞に、小田は照れを隠すように視線を逸らした。
「……ありがと」
「いいから、食えよな、全部!」
憎まれ口をたたきながらもジョッキを空けて。
小田が本当は気配り人間だってことは、和泉もよく知っている。
入社してすぐくらいにあったコンパで知り合った彼女と、遠恋になってもずっと変わらないで続いているのも、きっとその彼女への心配りを決して忘れないからだろう。
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