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別に、会えないから淋しいとか、会いたいとか考えたことなんてなかった。
そんなに長い時間一緒にいたわけでもないし、四六時中付きまとわれてたわけでもない。
そこまで考えて、あの日の自分の行動を思い出して一人赤面する。
こんな、見るからにサル顔の自分に「抱いてくれ」なんて言われた埴生。
言った自分も自分だが、言われた本人だってかなり赤面モノではないだろうか?
――オレのことそういう意味で“好き”なんじゃなかったら、あれってかなり……うわ!
恥ずかしいことこの上ない、と思い至る。
和泉はPCに向かいながら一人赤くなっていた。
「お? どした、和泉ちゃん。昨夜のカノジョとのひと時でも想いだしてんのか? 顔に似合わずやーらしいヤツだなあ」
村田にそんな風に突っ込まれ、拳骨を一つお返しして和泉はすっくと立ち上がった。
「なに? どしたの、マジで」
「オレ、ちょいあっち行ってくる」
あっちってどっちだよ、という村田を放ってつかつかと事務所をあとにする。
向かう先は開発部である。
最近姿を見せない埴生の動向がどうしても気になって、直接敵地に乗り込もうと考えたのである。
寮に帰ってからでも遅くはないかもしれないが、思い立ったら動かないではいられないのが和泉の性質。
「え? 埴生? ああ、あいつなら藤田さんと一緒に2ヶ月くらい東京出張だよ」
ところが意気込みも虚しくあっさりとそんなことを言われ、和泉は回れ右で事務所に戻った。
最近の音沙汰無しの理由が出張ならば仕方がないとほっとし、また出張なら出張と一言言ってくれてもいいじゃないかと思ってみたり。
実際そんな長い出張は工事部ではまずないし、長期出張というには短いこの中途半端な遠出は開発独特のものである。
ほとんどバイト以上の扱いになっている埴生なので、藤田と二人での出張なのだろう。
結局顔を合わせることのないその期間、和泉は埴生の存在が自分の中でどんなものなのかじっくり考えることにしたのだった。
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