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「そうだ、和泉。今度二階の開発部にバイトが入るらしいよ」
「え? なんでりょうさんが知ってんの?」
宮城のいる特殊保守課は和泉たちのいる自社ビルではなく、親会社のビルへ出向に近い形で入っている。
なので自社ビルの、ましてや小田と同じフロアにある開発部の情報が小田より先に耳に入っているのは、少し不思議な話で。
ちなみに高梨のいる点検課は自社ビルの四階で、和泉のいる工事部は小田のいるフロアの別棟にある。
「あー、このあいだ電車でたまたまふじたっちと会ってね。なんか今えらい忙しいらしくて、自分の独断でバイト雇ってやる、って息巻いてたからさ」
「独断って……」
おいおい、藤田さんってオレらと同期じゃん。
そりゃ、年は上だけどさ。そんな権限あんのかよ?
和泉の疑問の表情を読んで、
「あそこって能力主義だからな」
小田が返した。
「ふじたっちって、情報処理かなんかの専門学校出てるだろ? そのせいで発言強いらしーよ」
「オレも見たことある。あそこの課長が藤田さんの発言におろおろしてるトコ。CADの調子がおかしくて藤田さんに聞きに行ったら、えっらい剣幕で怒ってたもん」
「へえ。でもオレ、藤田さんが怒るのって見たことない」
自分とは二つしか違わないけれど、和泉の見る藤田はいつも冷静で大人だと思う。
あまり関わらないからわからないのかもしれないけれど。
「高校の後輩とかで、信頼してるヤツがいるらしくてさ。大学生だし、いい社会勉強にもなるだろうって言ってた」
「ふーん。で、いつから来んの?」
「さあ、そこまでは知らない。瑞樹、聞いてる?」
「んーん。僕は藤田さんとは直接話してないから」
「そっかー。まあ、別に関係ないか。オレんトコパソコンあんまし使わないし」
「和泉、現場ばっかしだもんな?」
「うん。報告書は手書きだし」
「おお、原始的!」
設計の図面をCADを駆使して描いている小田が突っ込む。
「いーだろー。別にどっかのじじーみたく触れないわけじゃねーしさー」
「何それ、俺のこと差してる?」
宮城が眉を寄せた。
「違う違う。りょうさん前CAD使ってたじゃん。違うよ。うちの所長あーんど課長だよ。あのおっさんら、ワードすらまともに扱えないの。メールチェックとかだって、オレとか高倉さんがやるしかないもんなー」
これだから時代遅れの親父は困るよ、と零しながらビールを煽った。
「お? なんかあったのか?」
「んー。報告書をね、本社の部長が電子化しろって。で、それに当たってうちの部でもOA担当者ってのを上げることになったんだ」
「何? そのおハチが回ってきたわけ?」
小田の言葉に頷き、冷めてもおいしいと評判のトリカラを口の中に放り込んだ。
「パソコン扱えるのって、高倉さん、村田さんとオレだけだろ? まあ、前原さんも一応ワードとエクセルはやってるけど。でもそれだって、ちょっとしたエラー音が出た途端電源落としやがるし」
「は?」
「だからさー、村田さんや高倉さんにやれ、って言われたら断れるわけないじゃん? 結局オレになっちゃうんだよ、OA担当者。こっちは現場で忙しいってのにさー。ほーんと、オレだってバイト雇いたいよ、まったく」
大きなため息を吐いて肩を落とす。
「そりゃ、そりゃ……ご苦労さん」
「おだちん、変わってくれる?」
「やなこった」
「ぶー」
「ま、頑張りな。陰ながら応援してやっからさ」
ひとしきり愚痴ると、運ばれてきた冷たいビールを煽る。
事務所ではまだまだぺーぺーで、しかも一番年が下だから言いたいことだっていっぱいあるけど、なかなか言えない。
実際社内一人間関係がいいと言われる事務所な上に、やたらかわいがられているという自負はあるけれど、だからといって何でも許されるわけではない。
そんな自分の愚痴を聞いてくれる存在があるというのは、自分にとってどれだけ心強いものだろう。
小田も高梨も、お互い様だから全部聞くし全部言う。
だから、このメンバーで飲むのは何よりの「癒し」なんだと思う。
「あれ、りょうさん何飲んでるの?」
からん、という氷の音に気づいた高梨が問いかけた。
「ん? しょーちゅー」
「げ。親父くせー」
「何を言うか。うまいんだぞ、水割りのレモン入りは」
小田の年上を年上とも思わない物言いにも拘わらず、宮城はそのグラスを勧める。
「んー、イマイチ」
「僕も、飲みたい!」
「瑞樹は止めといた方がいい。おまえ、弱いんだから」
「ぶー。りょうさんのけち。酔ったら介抱してくれるんでしょ?」
「そりゃ、してやるけど」
「介抱だけじゃ済まなくなるって?」
和泉の一言に、宮城の顔が赤く染まった。
「や、やだもう。和泉!」
「やだもう、たかちゃん。オレ達テれちゃう」
「おだちん!」
「うひょひょひょひょひょひょ」
にやにやと笑う和泉と小田に、高梨は真っ赤になって応戦した。
「そいじゃ、おふたりさんの邪魔にならないうちに、オレたちはさっさと退散しまーす」
「おう。おだちん、部屋で二次会やろーぜ」
そう言って照れあう恋人二人を残して小田と和泉は居酒屋を後にしたのだった。
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