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内勤は眠気との戦いである。
先週一週間の作業報告書をワードでまとめていた和泉は、危うく小舟を漕ぎ始める所を必死で止まり、勢いよく立ち上がった。
「ん、どした?」
隣でガタン、と音を立てられた村田が訝しげに和泉を見た。
「にゃ。オレ、寝そうだから、顔洗ってきます」
首をコキコキとならしながら、事務所を出て洗面所へ向かった。
事務所のあるビルは会社の持ちビルである。
五階建てのそれは、バブリーな時代の末期に建てられたものである。
郊外ではあるが交通の便も良く、この近辺では一等地と言われる場所にあり、市内中心部に雑居ビルの一部を間借りしている本社ビルと較べ、数段に立派な建築物(某有名建築家がデザインしたらしい)である。
とはいえ、和泉のいる工事部はその名の通り「工事」屋さんで、ビルに付属している倉庫の真上に“事務所”としておまけのように存在しており、洗面所や給湯室などは、渡り廊下を隔てたビルの本体部分に行かないとないのである。
もっとも、所員の殆どが週の大半を現場作業に費やしているので、事務所にいることなんてめったにないのだから、そういった扱いになるのも無理はないのであるが。
「あれ、和泉今日いるんだ?」
二階の洗面所に入ると先客の小田がいた。少し驚いた表情で迎えてくれる。
「おう。飯、どっか食いに行く?」
「そうだな……うん、たかちゃんも誘ってみる?」
「じゃあ、後でラインしとくよ」
冷たい水で顔を洗い、首にかけていたタオルで拭う。
「おだちん、いっつも内勤だろ? よく堪えられるよなー?」
「でもオレ体力ねーし、炎天下の現場作業の方が辛い」
身長はあるが線の細い小田が言う。
確かに、身長こそ低いが、和泉の方が意外に力はありそうである。
かわいい顔をしている割に、高梨のようなアイドル的な存在にならないのは、真っ黒に日焼けした躰からにじみ出る野性のせいだろう。
「適材適所ってヤツかな?」
「だろーな。オレ、まいんち中いたら発狂してるぜ、きっと」
和泉が言うと、小田は少し笑った。
二人はそうして軽くのびをすると、それぞれ仕事に戻った。
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