抱擁

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 午後五時半、寮に一度帰宅。  そして。   本日の予定は既に決まっていた。  和泉の携帯に、二人の逢瀬の合図であるワン切りの着信が入っていたから。  いつもの時間にいつもの場所で。  誰にも知られてはいけない関係。  その事実はスリルに溢れてていいのかもしれない。  けれど、それを楽しむ余裕があるのはたぶん彼だけ。  自分にとってそれはでも……。  一瞬だけ考えて、即、思考を止めた。  和泉はラフな私服に着替えると、駐車場に停めてあるランクルへと向かった。  約束の場所はここから車で二十分。  少し山に入ると割と新しいラブホテルがある。  意外に知られていないそこは二人には絶好の逢瀬の場なのである。  六時丁度。彼のエスティマの運転席をノックする。 「おかえり」  彼はドアを開けると和泉に軽くキスをして、そう言った。 「メシは?」 「まだ」 「先、食おうか?」 「いい……先に、したい」  和泉の潤んだ瞳。  少しだけ照れを含んだその物言いに完全に火を点けられた彼はくすっと微笑って抱き寄せた。  そうして和泉の欲情を少しだけ慰めて、彼はホテルの中へ入った。  いつも、そう。  だって、自分からは誘えないから。  自分は「待」っているだけしか、できないから。  一ヶ月以上も放られることだってあるのに、それでも自分からは誘えないのだから。  だから、こうして逢える時は存分に彼を味わいたい。  部屋に入り、ドアを閉めると同時に和泉の口唇は彼によって塞がれていた。  もう、言葉なんていらない。  ただ、躰が欲しい。  舌が絡まるのも、抱きしめる腕に力が入るのも、全部今しか味わえない。  今だけは和泉だけの「彼」だから。 「ひろむ」  こんな風に呼べるのも、今だけだから。  手慣れている彼が和泉のTシャツを脱がせ、既に窮屈で仕方のないジーパンを寛げる。  何もいらない、彼との間を隔てるものは。  だから、和泉も彼の衣服を総て剥がす。  早く触れて欲しい。  早く繋がりたい。  和泉の中の限りない欲望が、彼と二人きりになれた瞬間にあふれ出す。 「いず」  み、という言葉も和泉の舌が絡め取るから、彼は仕方なく和泉を抱え上げると、ベッドへと連れていった。  ドアの前で繋がるのも、それはそれで愉しいかもしれないけれど。  彼は全身全霊をかけて自分を求めてくれる和泉がかわいくて、ベッドに横たえた躰に紅い跡を付けて行く。 「あ……やだ……だめ」 「いや?」  いやなわけ、ない。  でも、まずい。  だって、明日も現場があるし、だから着替えるし、そこには他の人もいるし。 「すぐ消えるよ」  うそだ。  前にも、付けられた。  次の日に一個先輩の村田に思い切りからかわれ、虫さされだと苦しい言い訳をしなければならなかったのだから。 「やめようか?」  ……それも、いやだ。  和泉は少し拗ねたようににらむと、小さく首を振る。  だって、彼のそれはまるで「自分の」と言ってくれているみたいで嬉しいし、何より気持ちいいから。  彼は笑いながらもう一度口唇にキスをして、今度は指で全身に愛撫を施し始めた。 「あ……」  胸の突起へのそれは淫らに丹念に。  擽ったいような、それでいて腰に直截痺れのくるような。  快感に声が小さく上がる。  もっと、して欲しい。  もっと、感じたい。  和泉は彼の頭に乗せていた手に力を込めた。
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