抱擁

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 頬に触れる優しい、手。首筋にかかる暖かい吐息。耳元に囁かれる低い声。  そして、自分を見つめる柔らかな眼差し。 「和泉(いずみ)」  自分の名前がこんなにも甘く響くなんて、この人に出逢うまで知らなかった。 「和泉……」  声だけじゃない。  吐息も、舌も、何もかもが甘く伝わる。  触れられた場所から伝わってくる快感を総て感じ取りたいから、その人にそっと躰を委ねる。  瞼に落とされたキスを、そして胸の突起に施された快感を、和泉は全身で受け止めて声を漏らした。 「……んっ……」 「もっと、声を出して。和泉の、感じてる声、聴かせて」  なんて声! なんて声! なんて声!  濡れた空気を響かせて、和泉の性感帯を心地よく擽るそれに、和泉は堪えきれず鼻腔から喘ぎ声を上げてしまう。  そんな自分のあられもない声により一層高ぶらされ、たまらなくて彼の背に回した手に力を入れる。 「ひろむ……」  呼ばれた彼は乱れている和泉に微笑みを見せると、唇に深く口づけた。  その舌が和泉の口腔を弄り、攻め、掬う。  彼の掌が和泉の躰総てを撫で上げるまで、唇を放さない。  和泉のどんな吐息も残らず吸い尽くすように、彼はキスを続けた。  苦しいほどの快感に、和泉はそれだけで達してしまいかねないような気がして、眦に涙をためた。  いやだ、まだ、まだだめ。もっと、弘を感じたい。弘と一つになりたい!  和泉は力の入りきらない躰を持て余しながら、彼のキスをよけようとした。 「どうした?」 「や……だ。そんなにされたら、イってしまう」  和泉の少し拗ねたそんな声に、彼はクスと笑って軽く口づけた。 「かわいいよ、和泉。大丈夫、イってもいいから」 「違う……違うよ、弘。まだ、いやなんだ。まだ、キスしかしてないのに、イくなんてもったいない」  彼は思わず吹き出しそうになる。  これだから、やめられない。これだから、愛しくてたまらない。  そんな彼に和泉は少し機嫌を損ねる。 「何で、笑うんだよ?」 「いやいや、全く。和泉は、ほんとにかわいいなーと思って、ね」  彼は笑って和泉を抱きしめた。 「かわいそうに、こんなになってるのに我慢してたのか?」  そして和泉の躰の中心に手を延べ、先走りで泪を流しているそれをやんわりと握った。 「あっ……ん!」 「先に、出してしまおうね。大丈夫だよ、何回でも出させてあげるから」  言って和泉のモノをゆっくりと扱き始めた。  指で作った輪を先端に擦り付けると、和泉の喘ぎ声は一際高くなる。  必死でしがみつく和泉が愛おしくて、彼は再び口づけた。 「んっ……んっ……だめっ……イきそう!」  泪に濡れた先端を親指で撫で上げると、和泉はぎゅっと彼の腕を握る。  彼はそれに応えるように掌で全体を擦り上げ、和泉の射精を総て受け止めたのだった。 「や……ん……」  白濁した精液を、今度は丹念に孔へと撫でつける。  そして、放出したばかりの開放感に項垂れている和泉を抱きしめ、反転させた。  獣のように双丘を突き出すように寝かせると、和泉の放った精液で光っているそこをゆっくりと眺める。 「和泉……綺麗だよ」  何度受け入れても慣れることのないその部分は初々しいピンク色をしていて、彼が触れる度にヒクヒクと蠢き、まるで自分を待っているようだ、と彼は満足げにほほえんだ。  人差し指を一本だけ挿れる。  しかし、それすらキツいという様子で躰を強張らせた和泉に、彼は 「大丈夫、痛くなんてしないから、力を抜いて」  綺麗なラインを描いている和泉の背を撫でながら言った。  そして和泉の萎えたモノに触れ、少しだけ扱いてやる。  さっき放出したばかりだというのに、彼に触れられたそこは少しずつ首を持ち上げ、それにつれて和泉の強張りも和らいでいった。  彼は少し解されたそこにもう一本指を増やし、二本の指でかき回すように和泉の裡を弄った。 「あんっ!」  ぐるり、と裡の一箇所を突かれた瞬間、和泉は反射的に上擦った声を上げた。 「ここ? ここがいいんだね?」  彼はぐちゅぐちゅと音を立ててその部分を執拗に突いた。  するとさっきまで半勃ち状態だったというのに、和泉のモノは再び先走りの液を滴らせる程に勃起し、彼は堪えきれず指を引き抜くと、自分のものを和泉の後孔へと押し当てた。 「和泉、挿れるよ?」  訊いてはみたが、もう限界だった彼は、返事を待つよりも先に和泉の裡へと押し入れていた。  和泉の先ほどの放出と、自分の先走りの液で十分に濡れているため、頭さえ入ってしまえばあとはすんなりと奥まで挿入することができた。 「あ……ああっん……っ!」  ぐっと突くと和泉は抑えきれない声を上げた。 「ああ、和泉……いいよ……すごい、気持ちいい」  彼はそう言って和泉の中を抽挿する。  動かす毎に湿った音は大きくなり、結合部が淫猥に擦れる快感と相俟って、二人の息はどんどん荒くなっていった。  ずくっずくっ、と彼は和泉の中を突き上げる。  和泉はもっと奥へと導くかのように腰を振り、彼をしっかりと銜え込んだ。 「和泉……和泉……イくよっ!」 「はんっ……んっ……」  そして、和泉の猛りが彼の手の中で弾けるのと同時に、彼が和泉の裡にその熱を放ったのだった。  彼の腕は居心地がいい、といつも和泉は思う。  体を繋げることも勿論素敵だけれど、終わった後――それはいつも僅かではあったが――何よりこの腕の中にいることが和泉には幸せだと思えた。 「どうした?」  いつも饒舌な和泉が黙ったままでいるから、彼は体を起こしてそう訊いた。 「だめ、起きないで」  慌てて彼の動きを制し、もう一度いつもの一番居心地のいい場所を探す。 「おい、くすぐったいよ」  彼は少し笑って言うけれど、でも和泉のそんな動きを決して止めようとはしない。  この僅かな逢瀬の時間は、和泉の思うままにしてやりたいから。  和泉といられる時間は自分には――和泉にも――とても少なくて。  だからこそ、今、この瞬間だけは和泉のものでいてやりたいと思う。 「和泉……」 「なに?」  くるりと丸い和泉の黒い瞳が彼を見つめる。  その表情を見たいだけだから。 「なんでもないよ」  彼は答えて、和泉の額にかかっている前髪をそっと払った。  そして――――二人の時間は終わる。
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