五、リレー

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五、リレー

 夕日はさらに紅く染まり、駿は思わず目を細める。祐の指示でプールの四隅にあるライトが煌々と光り出す。 「よし、それじゃあちょうど十六人だから四人四チームね。順番も書いてある通りで。今回は一年生を上級生が挟む形で組んでるけん。確認したら二泳と四泳の人は反対側に回って」  清原と一年の女子が全員に見えるようにホワイトボードの向きを変える。  先輩たちがボードの前に集まっている後ろから駿も覗いてみた。 駿のチームには主将の祐、それから同じ一年の小川慎太郎と二年生の女性の先輩の名前が書かれていた。 「よろしくねちゅん君、慎太郎君」と一年の二人の肩を叩く祐。だから駿ですと言おうとしたが、なんだか訂正するのも疲れてきたので諦めた。 「アンカーいやだなー」と嘆く二年の先輩に連れられて駿もスタート台とは反対側へと歩いていく。  心臓が太鼓のように踊りだしていた。深く息を吸い込もうとしても寒さと緊張でうまく酸素が入ってこない。  ただ、二泳というのがせめてもの救いのような気がした。一泳はスタートしないといけないし、三泳はもしおいていかれたらアンカーの人に責任を負わせることになってしまう。四泳なんかもってのほかだ。それまでの三人の努力を背負うことなんて荷が重すぎる。  そういえば、と反対側に来ているメンバーを眺めた。駿は自分のチームのことばかり見ていて、隣で泳ぐほかの二泳者を知らなかった。  上級生で一年を挟むって言っていたからきっと同じ一年生なのだろう。あたりを見回していると後ろからがっと肩を掴まれた。肩を震わせながら後ろを振り返ると白い歯を見せている栞がいた。すらりとしているが肩幅は駿よりも広くきれいな逆三角形だ。 「駿君、久しぶりに一緒に泳げるね」 「ああ」と答えつつもなぜ栞が笑顔なのか理解できなかった。自分が栞と張り合えるわけないのに、栞は本気で嬉しそうだ。 「いや、この中で一番は俺や。いくら市倉やからって女に負けてられるか」と隣から亮太が栞に食ってかかる。亮太は昔からそうだ。スイミングでも自分より速い女の子には誰彼構わず宣戦布告をする。そして散々な負け方をしてしばらく意気消沈することも知っている。 「いや、私が絶対勝つから」 「いやいや、絶対絶対に俺だ」 『絶対』を増やし続ける二人の前で「はいはい」と先輩が手を叩く。 「もうすぐ始まるんやから、言い合ってないでさっさと準備しなさい」 「すみません……」と肩を落とす亮太たちだが先輩が後ろを向いた途端に顔を使って張り合い続けている。  スタート側から「準備いいー?」と清原の声が聞こえてきたので、先輩たちが腕全体を使って大きな丸を作る。スタート台横にはすでに四人が立っていてスタート台に片足を置いて集中していたり、拳を上げたりしている。一泳者は全員三年生のようだ。 「ファイトー」 「祐先輩頼みますよ!」 二年生の先輩たちが各々掛け声や囃したてる声を上げてプール一帯が一気に盛り上がっている。まるでお祭り状態だ。  清原が首から下げているホイッスルを四回吹いて、最後に長めの一回を鳴らす。ホイッスルの音を合図に四人がスタート台へと上がり構える。  すると、先ほどまで賑やかだった声が一気に止み、空気が変わる。誰も声を発しない。遠くで運動部の声やカラスの鳴き声が聞こえるが、プールは静寂に包まれていた。  喉が張り付いて呼吸がしづらい。しかし、唾を飲みこもうとすれば、その音が全員に聞こえてしまいそうだ。なんだこの空気。
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