五、リレー

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「テイク・ユア・マーク」と清原の小さな声が聞こえ、四人が少し体を前のめりにする。  始まる。耐えきれずに息をのんだのと同時にホイッスルの音が甲高く鳴り響いた。一斉に四人が空中で舞い、スタートを切る。スタートを皮切りに応援の声も沸き上がり、先ほどよりもプールサイドは盛り上がる。  槍のように水中へ消えていった三年生が浮き上がったと思ったら、その泳ぎに驚愕した。 入水の時は一点を突き刺すように静かだったのに対して、浮き上がると腕を刀や鎌のように振り落とし、足先では白い飛沫が常に噴火している。まるで魚雷が迫ってくるようだ。先輩たちの作る波にコースロープが大きく揺れる。アップで泳いでいた時も速く感じたが、今の泳ぎとは比にならない。 cab3341c-6c37-44e6-9de6-d9a96c13a9c5  あまりの勢いに駿は尻込みしてしまう。違う、想像していた水泳はこんな荒々しいものじゃなかった。  無理だ、と心が訴えていた。自分にはできない。水泳の試合とはこれほど重圧のかかる空気の中行われるのか。テレビの前で見るのと競技者として見えるものはまるで異なる。 「ほら、何してるの? もう来るよ」  後ろから同じチームの先輩の声ではっと我に返る。前を見ると、祐先輩はすでに五メートルのフラッグの下に手が差し掛かっている。他の三年生も横一線でこちらに向かってくる。誰も一切手を抜かない、本気の泳ぎだ。その泳ぎを見てようやく気付いた。駿は振り返って四泳の先輩を見る。 「あの、俺スタートしたこと――」 「いいから飛ぶの!」  隣にいる栞や亮太が地面から足を離すのが見えた。いけない、行かなくちゃ。 駿は見様見真似、テレビで見た想像でしかないスタートを切り出した。一瞬の恐怖はあったが、それよりも今は泳がなければという衝動が勝っていた。  両腕を耳につけて、手を頭の上で重ねて入水する。あれ、結構うまくいったんじゃないか。そう思った矢先、へその上一帯に地面に打ち付けられたような痺れる痛みが走った。 「うぉえっ!」 あまりの衝撃に水中で悶絶しかけるが、立つわけにはいかない。少し前を見ると、栞と亮太はすでに遠くに行っており、濁った水中で姿が霞んで見える。駿だけが取り残されていた。  早く泳がないと。痛みと焦りでパニック状態の駿は水中で手足をばたつかせてとりあえず水上に顔を出す。初めに声が出たせいで酸素がほとんど残っていなかった。  駿は二つの肺が満たされるまで一気に空気を吸う。地上にはこんなにも空気があるのか、とこの時初めて分かった。  だが、そんな悠長なことを考えているわけにもいかず、駿は遠くに見える壁を見つめる。  駿も先輩たちみたいにと手足を動かすが、そこで異変に気付いた。腕も足もほとんど動かない。先ほど見た迫力のある泳ぎでないことは見なくてもわかる。足は痙攣したかのように小さい振り幅しか動かなくて、腕は水面から出ているのかも分からない。  前には進んでいるが、栞たちの作る白い泡はみるみる離れていく。分かってはいたが、こんなに離れるものか。駿は悔しくて水中で歯を食いしばる。
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