一、春嵐

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一、春嵐

   耐えるんだ。  駿は口を固く閉じて体の底から湧き上がる眠気をぐっとこらえる。あと数分で昼休みだ。  後ろではざわざわと一つ一つ区別できない人声で実に賑やかだった。羨ましいことこの上ない。その一瞬、後ろに気を向けてしまったことであれだけ力を入れていた口がすんなり解錠され、少し空気を吐いてから大きなあくびが出てしまう。慌てて閉じようと試みるも、一度開いた口はみるみる大きくなっていき、閉じた瞳からは涙までこぼれてくる。  ずっと我慢していたので稀に見る大物の欠伸だった。目を擦りながら前方を見上げると、案の定担任の水川先生がこちらをぎろりと見下ろしている。 「辻林。入学して早々居眠りー?」  口は笑っているものの、細めた目には冷ややかな凄みが感じられた。後ろにいるクラスメイトは二人のやり取りに気づき、笑声を上げて教室がどっと沸きあがった。 「すみません」と頭を下げて先生から目を逸らしたいが、駿と先生の間には教卓しかなく、どこを見ても先生が視界に入る。後ろの陽気な雰囲気とは違い、野生のチーターとハイエナのような緊迫した空気が漂う。  これでとうとう喰われると思ったとき、救いの手が伸びたかのようにスピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。水川先生は「ふう」と小さく溜息をついて教卓に置いているファイルを手に取る。 「じゃあ授業を終わります。学級員は号令」  学級委員の抑揚のない号令が終わり、先生はそのまま教室を後にする。  間一髪、何とか捕食を免れた。 bf2f0aaf-2825-4edf-8a4e-8723e9ea75ad
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