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妙な緊張がほどけたせいで眠気の次は食欲が襲ってきた。食堂へ走っていく男子や机をくっつけて弁当を広げる女子たちを背に、駿は自分の席で横に掛けているバッグからコンビニの袋を取り出す。
「よっ、居眠り坊主」
そう言って教卓の前に椅子を持ってきたのはクラスメイトの佐藤亮太だ。亮太はこの御原高校に入学する前からの唯一の知り合いだ。
「居眠りはまだしてないし、坊主でもねえよ」
「まあまあ、出席番号順って言ってもこの席は災難だよな」
なむなむと変な呪文を言い終わった亮太は駿のビニール袋の中身を覗いては小さく溜息をつく。
「サンドウィッチにサラダ、飲み物は豆乳って……。お前ダイエットでもしてるん?」
「たまたまおにぎりもパンも良いのがなかったんよ。豆乳は牛乳と間違えた」
「なんやそれ。血気盛んな今の時期食べなくてどうするん」
ケタケタと笑いながら亮太は自分の弁当の中から唐揚げを一つくれた。こいつの憎めないところはこういうところだ。
入学したてのクラスは水族館の大水槽のようだ。片やすでにグループを作って楽しげに談笑している生徒もいれば、片や周りに目を配って話しかけるタイミングを見計らっている生徒もいる。それでいうのなら駿と亮太はせっかくの大パノラマでイワシやサメが派手にパフォーマンスをしているのに対して、下でのんびり泳いでいる名前もわからない魚だ。大分小規模ではあるが、自分たちの居場所は確保している。
しばらく二人で他愛のない会話をしていると、教室のドアが勢いよく開いてぞろぞろと知らない生徒たちが壇上してきた。すぐ隣で弁当を食べている亮太は驚いてしきりに瞼を瞬かせている。他の生徒も「なになに」と食べる手を止めて興味深そうに注視している。
キツネに眼鏡をかけたような一人の生徒が一歩前に出て口を開く。
「昼食中に申し訳ない。我々は科学部の者で、今日は無垢で清らかな新入生の諸君を勧誘に来た次第である。とは言っても部の説明をするとなれば昼休みの四十五分ごときでは到底足りない。そこで今日の放課後、第二理科室でささやかながら新歓パーティーを行うことになった」
キツネが言葉を切ったと同時に周りの科学部員が軍隊のような短い拍手を送る。完璧すぎる団体芸にクラス全員の気が一歩、彼らから遠のいた気がした。
キツネは咳払いを一つして再び話し続ける。
「もし、我々とともに科学の未知なる世界へ足を入れようという変じ、いや同志がいるのならぜひ参加を期待する。放課後に第二理科室だ。それでは失礼!」
見事に演説を終えたキツネは薄っぺらな胸板をふんと突き出して教室を後にする。拍手アーミーたちも同じように胸を張って出ていく。
「失礼する」と隣の教室のドアが開く音が聞こえてくることを考えると、どうやら一クラスずつ回っているようだ。
嵐のような科学部に教室の雑音をすべて持っていかれたかの如く、誰も声を発さなかった。
しばらくして亮太がぼそりと呟いた。
「あの人、討論部とかの方が向いてそうやない?」
そのような部活が本当になるのか分からないが、「異議あり」と胸を張るキツネがすんなりと想像できた。
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