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「駿君の真っ白な心を熟れた桃のような色に染めた女の子と出会ったのは小三の時、六年前にさかのぼる」
亮太は背筋を伸ばして大袈裟に咳払いをしてから話し始めた。
駿が小三の夏休みに父の会社の同期の娘と市民プールへ行ったこと、そこで同い年のもう二人の男女と知り合ったこと、一緒に来たその女子の提案で駿たちが夏休みに行われる市民大会にリレーで出場したこと。
そしてその子の泳ぎを見て恋に落ちたこと。
当時駿が亮太に話したことを、今度は亮太がそっくりそのままクラスの女子に話している。よくも人の初恋エピソードを事細かに覚えているものだ。
「それでリレーはどうやったん?」
「それは知らん。では本人にバトンを渡します」
亮太が見えないマイクのようなバトンを渡してくるから仕方なくそれを受け取る。小さな溜息を、心の中で大きな溜息をついてから語を継いだ。
「即席のチームやったけど二位だったよ。て言ってもその子ともう一人の男の子がばり速くて、二人のおかげでなれただけやし」
ショートの子が食い気味に訊いてくる。
「その子とは? それからどうなったん」
「何も。その子のお父さんが転勤になったけん会ってないよ」
えー、と女子二人はそろって肩を落とす。そんな露骨に落ち込まれたってどうにかできる案件ではないのだから仕方がない。
でもさ、といたずら顔の亮太が口をはさむ。なんだか嫌な予感はしたが、駿が止めに入るよりも先に亮太の口が軽やかに動く。
「こいつ、その子の名前と中学校も知っていたのに会いに行かんかったとよ」
今度は驚愕の「えー!」を、鼓膜をつんざくほどの大音量で頂戴する。咄嗟に耳を押さえたがその時にはすでに遅かった。眩暈がしながらも目を開けると、女子がどちらも突進してくるかのように近づくので、駿は背もたれに体をぴたりとくっつけてのけぞる。
「なんで行かんとよ!」
「ほんとに、せっかく知っているなら会って気持ち伝えんと!」
二人とは初めて話したのに急に肩を掴まれておみくじの棒を出すように乱暴に振らされる。せっかく眩暈が引いてきたと思ったのに、今度は頭痛もついてきた。
意識が朦朧としながらもなんとか彼女たちの手を振りほどく。
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