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白い。いや、碧いな。
初めて女を見た時、男はそう思った。波のない穏やかな海の表面に、空の碧さが反射して、嬉々として吸い込まれていく様な色をしていた。
目も、肌も、着物も、女を形成している全てのものが、碧いわけではないのだ。肌は透き通る様に真白であるし、纏っている着物に至っては、鮮やかな深紅色をしている。月夜を映した大きな瞳は、吸い込まれそうなほど艶やかな漆黒だ。
では、何が碧いのかというと、髪だ。地面にぺたりと座り込んでいる女の頭から、肩、背中、そして、腰を通り過ぎ、足元にはらはらと流れ散っている長い長い髪が碧いのだ。光の加減では、白くも、蒼くも見えるけれど、確かに碧い。
ふと、辺りに視線を這わせると、夜だった。女の姿は見える。手元も足元も見える。けれど、その先に、何があるのかは分からない。
ここが何処なのか、君には分かるかい?と、男が問うと、月を見上げていた女が、こちらに向いた。分かりますとも。そう言ったきり、女はまじまじと男の顔を見て、あなたには分からないのですね。と、小さく呟いた。
正直、分からなかった。自分がいつ、なんの為に、この場所に来たのか。思い出そうと血を巡らせても、微々たる欠片にも触れることはできなかった。
分からないな。教えてくれるかい?男が問うと、女はゆるゆると首を横に振り、まだその時ではありません。と言った。
それならば仕方がない。男は女に向かい合う様に座り、片膝を立て、その上にゆったりと右腕を置いた。
君はこの様な場所で何をしているのだ。ここには何もない。光もなければ、音もない。在るのは、黒い黒い闇と月。そして、僕と君だ。
男は空を仰ぎ、月を見た。満月だ。零れ落ちそうな丸い丸い月なのだから、眩いほどの光で、この場所を照らしていたとして、何も可笑しくはないというのに、男と女はいまだ、闇に包まれている。
どうしたものか。男が小さく呟くと、女が口角を上げた。どうすることもできませんよ。流れに身を任せるほか、ないのです。
流れとは、なんの流れだい?
そうですね。強いて言えば、運命、ですね。
運命。生憎、僕はその類いのものは信じないんだ。
その類?
あぁ。なんの確証もないだろう?僕にとっては絵空事でしかないのだよ。
男が軽く笑って見せると、女は少しばかり、悲しげな表情で微笑み返した。全ては運命の下に在るのですよ?いうなれば、私とあなたが此処でこうして出逢ったことも、そうなのです。遠い遠い遥か昔から、私たちが出逢うことは決まっていたのです。
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