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背後から包み込む様に、男の首元に腕を回している女の姿が目に浮かぶ。途端、背中に感じた幸福な重みに、男は思わず目を開けた。
消えてしまうかもしれない。そう思ったのは、杞憂だった。女は確かな姿で、男の背中に纏わりついていた。
これは、恋というモノだと思うのだが、君はどう思う。男が前を見据えたまま問うと、耳元で女がクスリと笑った。
私も同じことを考えていました。忘れなければと思っていました。けれど、夜毎想うのは、あなたのことでした。それでも……。女はそこまで言うと、男の体から腕を離した。私はあなたを連れては行けません。
女の声が、溶けて消えてしまう寸前、男は後ろを振り返り、女の腕を確かに掴んだ。置いて行かないでくれ。どんな場所だって構わない。君と共に在ることができるのなら、どれ程の苦痛にも絶えてみせるよ。
縋る男の傍に座り、頬に伝う涙に触れ、それでも女は迷っているようだった。
私とあなたが共に在ることができる時間は、ほんの一瞬です。あなたは時の流れに抗えず、消えてしまうでしょう。女はそう言って、涙を流した。
構わないさ。それでも君が僕を連れていけないと言うのなら、僕は此処で、君を恋しく想いながら、静かに消えるまで。
私のことは忘れて下さい。
忘れられるわけがない。それは君も、同じだろう?
男に問われ、女は諦めた様に息を吐いた。
私は此処であなたを待ちます。いつまでも……。あなたは私を忘れてしまうでしょう。それでも、待ちます。いつまでも。
あなたは全てを忘れてしまうでしょう。それでも、運命に導かれ、此処へと何度も訪れるでしょう。何度も、何度も、何度も……。
そして、あの沈丁花の花がひらく度、恋に堕ちるのです。私がこの木と共に生き絶えるまで、終わりはないのです。本当に、それでも良いのですか?
男は迷うことなく頷いた。甘い呪いに囚われて、抗えない時の流れに身を任せるのも悪くない。
男はゆっくりと顔を近づけ、女の唇に自分のそれで、そっと触れた。
恋というものは、所謂、呪いみたいなものだろう。ただただ甘いだけではなく、時折、痛みも伴うモノだ。
それでも、これで良かったのだと、女に手を引かれながら、男は思っていた。両手で抱えているモノなど、全て手放しても惜しくは無い。そんな存在と出逢えること——それは、深い深い森の中で、たった一本、眩いばかりに光り輝く木を見つけることと同義だ。
では、参りましょうか。
あぁ、そうだね。
男は女に微笑み、そして、全てを投げ捨てた。
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