Ending. それから。

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Ending. それから。

 トクサがヒューマノイドを連れてやってきた。  レンカと一歳しか違わないというのに、やたらと大人びた風貌の彼は呆れたように眼を細めながらもその口元は笑みを刷いていた。 「またここか。毎日飽きないな」 「そりゃそうさ。おれはここに来るのが当たり前だったんだから」  レンカは古木の木肌に触れて微笑む。 「もう、その必要はないのにか?」  トクサが皮肉った言葉を吐いてもレンカの表情は穏やかなままだ。彼が何を思って言っているのか、よくわかるからだ。  やっと大役から解放されたのである。  グランドコンピュータ【マザー・サラヤ】との戦闘は終焉を迎え、カグラ村に平穏が訪れた。  レンカはもう力を使って【シールド】を操作し、守護の要となってその責務を一身に負い続ける必要はなくなった。  これからはマザーが見守る中で、星の命運を握っている人類がどう生き抜いていくのか、みんなで考え模索していけばいい。  トクサは村を支え続けたレンカに楽になって欲しかった。そして今度こそ周りを、自分を頼って欲しいと思うのだ。  だが、マザーと最後に言葉を交わしたレンカはさらに大きな使命を背負っている気がしてならなかった。  それが何なのか今はまだ知りようがない。  トクサは幹を撫でるレンカの頭をポンッとひと撫でする。 「レンカ、知ってたか?」 「ん?」 「ここだ。ここを見てみろ」 「なんだよ?」  トクサの指差すところを見て、レンカは眼を瞠った。 「いつのまに?」 「俺も見つけたのは最近だ」  レンカはしゃがみ込んでじっくりと眺めた。  樹の根元、うねるように土から太い根が出ている部分に、明るい緑色の葉をつけた細い若木が伸びていた。 「新しい葉っぱが出てる……」  レンカは急いで顔を上げた。幹に手をつき、精一杯背伸びして枝のあちこちを見つめる。  他に若木が生えていないか探しているのだ。  その様子を見ながらトクサは可笑しそうに肩をすくめる。 「まったく、毎日来てるくせに気づかなかったのか?」 「む。あいつのことだから、おれが来ると隠れてたんだよ。そんで、『オレノコト見ツケラレナイナンテ、マダマダダナ』とか言って笑ってんだぜ」  愚痴りながら、その反面、胸がいっぱいになって瞳が潤んでくるのを懸命にこらえて、レンカは若木を、新芽を探した。  古木はもう一度、花を咲かせようとしている。  やがてレンカは笑顔になった。  喜びに息を洩らし、瑞々しく光り輝く緑を見つめ続けた。 「ウヅキ、また会えたね」  新芽を指で撫でていると、背後から硬い口調ながら柔らかい声音が聴こえた。 「レンカ、なぜ泣いて、いるのですか? "悲しい"、のですか?」 「違うよ。これは"嬉しくて"泣いてるんだ」  レンカは振り返って声の主を見止めた。  トクサの後ろで身体を隠しながらも顔だけ出してこちらを見ている少年がいた。  トクサが自分の腰の辺りを見て溜息を吐く。 「おまえはレンカに会うと何で隠れようとするんだ? 恥ずかしいのか?」 「"恥ずかしい"は、わかりません。ですが、こうして見ていたいのです。特に桜と一緒のレンカは"良い"のです。そう思考します」 「……面白いもんだな。マイクロチップは取り除いてるし、人工脳は村で製造したものを使ってるってのに、明らかにおまえを特別視している。データ(記憶)がないのに、この思考パターンはどこから生まれたんだ」  トクサが顎に手を当てて疑問を口にすると、レンカがへらりと笑み崩れた。 「そりゃあ、おれが好かれてるからに決まってんじゃん。まっさらな人工脳がおれを見て"良い"と思うなんて、おれ自身に他の奴らとは違うオーラかなんかが出てるんじゃない?」 「調子に乗るな」 「あたっ」  トクサがレンカにデコピンを食らわせると、痛みに額を押さえる様子を見た少年が慌てた声を上げた。 「レンカ、どうしました? "痛い"、のですか? トクサ、なぜレンカの額を攻撃したのです? レンカは"悪い"ことをした、のですか? トクサは"怒った"、のですか?」 「ああ待て待て。落ち着け。俺は怒ったんじゃない。これは"(しつけ)"だ。ふざけたことを言う、こいつの思考能力を矯正するためにしたことだ」 「"躾"、"矯正"。レンカは間違ったことを言った、ということですね。トクサはそれを正した、ということですね」 「よく理解したな」 「おいこらッ! それこそ間違ったこと教えてんじゃない!」  少年の頭を撫でるトクサにレンカは思いっきりツッコミを入れた。  その勢いで少年とトクサを引き剥がすと、少年を自分の腕の中に抱き込んだ。 「今トクサが言ったことは覚えなくていいぞ。おまえは自分が感じたことを素直に受け入れていいんだからな。でも、おれのことはもっと近くで見ていいんだぞ。ていうか、トクサに引っついてないで、おれに引っついてればいいのに。おれと一緒にいたくない?」  レンカは胸の位置にある少年の顔を覗き込むと、眼を見開いてこちらを凝視しながら口をパクパクと開閉している。思考がまとまらないのか、言葉が出てこないらしい。 「どうした? フラウ」  レンカがニッコリ笑うと、少年・フラウはゆっくりと表情を作り始めた。  感情によって変化させるのはまだまだ難しいらしく、レンカたちの真似をしながら目下練習中だ。  フラウと呼ばれたこの少年は、アーマノイド【AK-151】を母体としてカグラ村で製造されたヒューマノイドである。  レンカはマザーとフラウの身体を葬ると約束して受け取ったはずだったのだが、その約束をあっさりと反故にして再起動しようとした。  しかし、人工脳はすでにマザーによって再起不能の状態にされており、データはすべて消去済みだった。  起動できたとしても、それはもうレンカの知るフラウではないうえに、村人たちを恐怖に陥れた兵器でしかない。  それでも諦めきれなかったレンカは、組み込まれていた武器を取り除き、外見は青年から少年に変えて顔立ちは面影が残る程度にした。  トクサや技工士たちからは顔も別人にするべきだと難色を示されたが、レンカは無理を押し通した。しばらくは自分の傍において、あまり人の眼に触れさせないようにするからと。  フラウを生まれ変わらせたかったレンカにとって、それと知れる容姿でなければ意味がなかった。ただ周囲の懸念も充分に理解できるため、髪色や瞳の色は変えることにしたのだった。  自分と同じ黒髪で、瞳の色は夜明けを思わせるオレンジ色にした。  あの日、フラウが"帰る"と言って振り返った瞳に夜明けの太陽の光が差し込み、オレンジ色に輝いていたのを鮮烈な記憶として残っていたからだ。  とても美しかったあの色を再現したかった。  こうしてフラウのためというより、ほとんどレンカが自分好みのヒューマノイドを作りたかっただけのようになってしまったが、腕の中にいる少年はフラウとよく似ていると思った。  レンカの笑顔をじっと見つめながら、少年は己の顔の筋肉を笑顔の形に持っていく。  眼を細め、頬が盛り上がり、口角を上げる。  ふわっと陽だまりのような笑顔になった。  レンカは思わず呆然と見つめ、次いで泣き笑いのような複雑な表情になる。 「……おかえり、フラウ」  小さく呟いて、少年を抱きしめた。  Fin.
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