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Act.4 世界を(君を)守りたい
随分と見晴らしがよくなっていた。
生い茂っていた樹木はその身を削られてエネルギー弾が通過した跡をくっきりと鮮明に残しており、見上げれば夜空が広く見渡せた。
これまで谷へ降りる際は、『潜る』という言葉が使われるほど暗くて圧迫感を覚えるような道なき道を行くため、必ず星で方角を読み取る“星読み”のできる者を含めた多人数で慎重に行動していた。
しかし今の状態では自然の驚異に曝されることは最早ない。
谷を埋め尽くしていた樹海は消え去り、木々の残骸と化してしまったのだから。
レンカは星を眺めて、その輝きを純粋に楽しみながらも位置確認を忘れずに行っていた。
「とにかく村の様子とマザーの要塞がどうなってるのか、早く確認しなきゃな」
独り言のように呟いているが、その隣では夜空とレンカの横顔とを交互に見つめているアーマノイドがいた。
アーマノイドの右手はレンカの左手に繋がれている。
生命が発する波動によって機械と交信可能なレンカは、意思を持つ彼とも手を繋ぐことによって会話ができた。
そして右手にアーマノイドの外れた腕を抱えて、マザーと人間の関係を話して聞かせた。
「おれたちがなんで戦ってんのかって言うと、マザーが仕掛けてくるから仕方なくって感じなんだけどさ、おれたちだって死にたくないからな。でも日本国だけじゃなくて世界にも存在するマザーたちは、みんな地球のために攻撃してるんだよ。そうプログラムされてるからだけどな。それもおれたちと同じ人間が地球を守るためにやったことだ。んで彼女たちは膨大なデータを分析して、今の地球をこんなふうにした諸悪の根源である人間を滅ぼすことが、地球にとって一番いいことだって判断したわけ」
“人間は地球の敵ってこと?”
アーマノイドの問いかけにレンカは深い溜息をつく。
「思いたくないけどな。植物や微生物たちが一生懸命、地球をきれいにしてんのに、どんどん汚染して、あげくに戦争を引き起こして巨大な力で地形を変えてしまうほど壊そうとしたのは人間だ。だったら滅んで当然なんだろうな。でも」
“でも?”
「人間もさ、他の生物たちと同じ、地球から生まれたんだ。地球という環境で育って命は繰り返されてきた。生まれたからには生きる権利があるし、生き抜く義務もある。それに生まれ落ちた意味もきっとあるはずなんだよ。この地球の自然に囲まれて、太陽のあたたかさや風の匂いを感じたり、海の雄大さや夜空に散らばる星たちのきらめきに癒されて、心豊かに過ごしたいって思ってる。ただ、人間は高度な知能を持った種族だから色々と便利なものを考えては造ってしまうんだよな。少しでも楽して便利にしようと思うから人間の都合で自然環境を勝手に変えようとするんだよ」
“やりすぎたら止めればいい。高い知能を持つなら限度はわかるはずだろう?”
当然すぎる意見に耳が痛い。
アーマノイドのまっすぐ見据えてくる瞳を見つめ、レンカは寂しく微笑んだ。
「わかってても止められない。だから、こんな結果になった」
人間の心情は単純でもなければ割り切れるものでもない。時に言葉とは裏腹な行動をし、時には自己犠牲も厭わないという複雑怪奇な生き物だ。
だからこそ愛しく憎めない存在であるはずが、環境破壊が進みすぎたために取り返しのつかない状況を作り出し、管理コンピュータから抹消すべき対象になってしまった。
そう人間自身が自分たちに終止符を打つためにプログラムした。
だがレンカは諦めたくなかった。
何故なら命は繰り返されているから。こんな状況でも新たな命が絶えず生まれているのだ。
「おれは希望を捨てたくない。人間はまだ地球と一緒に生きたい。生きていたいから、マザーとは仲直りしたいんだ。お互いに協力して地球を守っていきたい」
“仲直り……そうか、そうすれば戦わずに済むのか”
思念が止んで、しばらく何も聞こえてこない様子に、レンカは相手の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
繋いた手を揺らしてみる。
反応がないことに首を傾げたが、レンカは唐突に思いついて訊ねた。
「そういえば聞いてなかったな。あのさ、名前なんて言うんだ? おれは」
“知ってる。レンカ。桜の守人”
これには即、反応が返ってきた。
しかも得意気に言われたものだから妙にくすぐったい気分になる。
「あ、そ。知ってんのか。で、おまえは?」
相手は一度、考えるふうに黙り込んでから伝えてきた。
“コードネームAK-151【フラウ】”
感情の何もない口調だが、レンカはコードネームという言葉に眉をひそめた。
アーマノイドだから型番号を付けられるのは当然であるものの、使い捨ての製品と同じく物扱いされていることにどうしても抵抗を覚えるのだった。
しかし至って平静を装う。
「ふうん。……AK-151、フラウ。フラウってどこか外国っぽい名前だな。その顔のモデルだった人かな? 大抵、人間みたいな顔を付ける場合はモデルがいるはずだし。じゃあフラウでいい?」
相手を窺うと、不思議そうに見返してくるのでレンカは指をさして言った。
「今からおまえのこと、フラウって呼ぶから。オーケィ?」
しかし反応が返ってこない。
コードネームで呼ばれることとどう違うのか理解できないらしい。
レンカは溜息をついた。
「ま、いいか。とりあえずフラウって言ったら、おれがおまえを呼んでるってこと覚えといて」
強引に言い切ってみると、理解できないまでも言われたことには素直に頷いている。
“わかった。記憶する”
「そんで、おれを呼ぶときは、レンカって言うんだぞ」
“了解した”
生真面目な顔で応じるフラウにレンカは苦笑を溢した。
「表情、硬いなぁ。まあ、しょうがないか。とりあえずさ、この先歩いてったら右側に崖を登れるところがあったはずなんだよ。そっちから上がって要塞の麓に行こう。要塞の様子見てから村に戻ろうな」
“要塞の様子とは、被害状況のこと?”
「うん。そうだけど……」
“それならコンタクトを取ってみる。少し待て”
言うなりフラウが空中を見つめて固まったので、レンカは慌ててその肩を腕を持ったままの手を押し当てて揺さぶった。
「ちょ、ちょっと待て! おまえコンタクトはダメだ! コンタクトなんかしたら、おれたちの居場所がバレちゃうだろ! 今こんなに静かってことは、かなりダメージくらって動けないのか、村の状況を把握するために様子みてるかもしれない。後者だったら、おまえになに指示するか、わからんないから、今マザーと通じるのは危険だ。近くにいるおれなんか完全に巻き込まれる!」
すると意識を戻したフラウはきょとんとした表情で見返してきた。
“巻き、込まれる?”
さっぱり意味を掴めないでいる様子にレンカは力なく呟いた。
「もういいから、今はまだコンタクトは取らないでくれ」
“わかった”
またも素直に返事をするフラウに、レンカは要塞に近づくのをやめたほうがいいのではと思った。
きっと何らかの反応が出るはず。フラウがコンタクトを取ろうとしなくてもマザーのほうからアクセスしてくる可能性は大いにある。今この時ですら、既に指令が下っているかもしれない。まだ行動に出ていないだけで。
そんなレンカの懸念は、あっというまに現実のものとなった。
崖を登りきり、まだ相当距離があるが要塞の全貌が見渡せる場所に出てくると、フラウの手はレンカの手から離れていったのである。
“帰らなきゃ”
そう一言告げて。
カグラ村に戻ったレンカを待っていたのは、心配のあまり怒ったり泣いたり忙しい村人たちと、ヘソを曲げてむくれている桜の思念だった。
“マッタク持ッテ、トンダ災難ダッタゼ。誰カサンノセイデ、皆ニ責メラレテ、ナジラレテ、散々ナ目ニ遭ッチマッタンダゼ。オレハ止メタノニ。オレノ制止ヲ振リ切ッテ、強引ニ、アイツノ所ヘ行ッタンダカラナ。オレハチャント止メタンダゼ、ゼゼ。ソレナノニィ~”
「わかったわかった。もういいから。おれが悪かった。ほんとにゴメン。このとおり謝ります。ごめんなさい」
根元に両手をついて深々と頭を下げるレンカを桜は眼を眇めて見下ろした(ふうな態度であると伝わる思念から想像した)。
“ソレデ、ソノ坊主ハドンナ奴ダッタ? レンカノ身体ニハ、スリ傷以外見ラレナイカラ、何モサレテイナイミタイダケド、逆ニ腕ナンカ持ッテルシ。オマエ、アーマノイドト格闘シテ腕ヲ折ッテ来チャッタノカ? スゲーナ”
今度は怖々した眼で身をすくめてみせる(ような態度であると、以下同文)。
レンカは桜の大袈裟な態度に呆れて、コツンと幹を小突いた。
「んなわけないだろ。この腕はおれを守ってくれたせいで取れちゃったんだよ。元通りに付けてやりたかったから村に連れて行こうと思ったんだけど……帰っちゃってさ」
両手で腕を抱えたレンカは、白いプラグスーツに包まれた肌を撫でた。
「ちょっと固いけど、人間と同じような感触だな。筋肉だって思う。よく出来てるなぁ」
これまで戦闘で絡んだアーマノイドは整った顔立ちから機械らしく冷たい印象を受けていたが、フラウの場合、思考するプログラムを組み込まれているせいか、その表情に感情を覗かせるため、ほんの数時間の接触だったが随分と親しみを覚えてしまった。
レンカはますますアーマノイドに傾倒していった。
どうにかして戦わずに済む方法がないものか。そしてこれ以上、戦闘タイプを製造しないようマザーを止めることができないだろうか。
「なあ【ウヅキ】、マザーと話すことってできないかな?」
“話ス? 何ヲダ?”
「一緒に地球を守ろうって」
レンカは前方へと視線を向けた。
その先には様相を変えてしまった【マザー・サラヤ】の要塞が見える。
昨夜の跳ね返ったエネルギー弾は威力を弱めながらも要塞を直撃し半壊させたのだ。
現在も噴煙は立ち昇ったままで、様子を見に走った調査隊の報告によると、アーマノイドがうろついている気配はなく修復作業を行っているさまも見受けられないという。
つまり沈黙しているのだ。
これはカグラ村にとって安堵した状況だった。
というのも村も大変な損害をこうむっていたからだ。
虹色の【シールド】はメガ粒子砲のエネルギーをすべて受け止めただけでなく、さらにすべてを跳ね返すという荒業を行ったために、フォールドダウンしたばかりか、桜の大樹は大打撃を受けた。
今、レンカが寄りかかっている桜は昨日までの姿を失っていた。
太い幹から雄々しく枝を広げ、ピンクの綿帽子を被ったかのようにたくさんの花を付けていたあの姿はもうない。
すべては幻影。
地中に埋まった【シールド】を発動させる装置が、樹齢百年を迎えようとしていた桜の古木に映像を投影していたのだ。
桜はレンカの波動を伝達する媒体として役立った。
伝わった波動は装置を動かし、ブレイン(人工脳)であるプログラムがレンカへと思念を返す。それが【ウヅキ】という個体を作ったのだ。
だが【シールド】が発動不能になったせいで映像は消滅し、今ではこうして言葉を交わすだけで精一杯だった。
「ずーっと、おれたちを見守ってくれて、ありがとうな」
“……ナンダヨ。改マッタ言イ方シテサ”
「そうだな……」
レンカは桜のか細い幹におでこをくっつけて眼を閉じた。
土から水を吸い上げ幹から枝へ循環させている生命の音を聞きながら、あのアーマノイドを思う。
戦いが終わったら、一緒に歌を歌えたらいいなと。
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