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Act.5 繰り返す春
「長! 大変だ! 巨大要塞が崩れ始めた!」
村長の下に要塞崩壊の一報が届いた頃、レンカもまた自らの視界に映る要塞の異変に気づいていた。
桜の古木に手をついて立ち上がり、眼を凝らしながら桜に問いかける。
「なあ、中はどうなってるんだ? マザーの様子はどうなんだよ?」
“サッキカラ発信シテルケド、応答ガナイ。ハッキングモ、試ミテルケド、跳ネ返サレル。ズットEMERGENCYバッカ、流レテルヨ……”
桜の思念が弱々しくなっている。
レンカは訝しげに桜を見遣った。
「【ウヅキ】、調子悪いのか? マザーに影響されてるんじゃない?」
“ソリャソウサ。オレハ、【マザー・サラヤ】ノ分身ダゼ。元々、マザーノ指令デ動イテタンダカラ。地球守護ノタメニサァ”
少し拗ねた感じに聞こえる思念にレンカは唇を噛んだ。
“知ッテタダロウ? レンカハ”
「うん。知ってたけどさ……」
【マザー・サラヤ】と【カグラ村】の攻防は最初から計画的に実行されたものだった。
村の破壊率や死者の数さえきちんと管理され、アーマノイドにそれ以上の指令を与えることなく予定通りに進められていた。
さらに【シールド】と連携して合理的に効率よく戦闘は行われていたのだ。
このことをレンカは早くから気づいていた。
指示を伝えているのに思うように作動しないばかりか、勝手に【シールド】の数値を変更し、まるで打ち合わせたように攻撃してくるアーマノイドたちを見ていて疑問に思わないわけがない。
指示は、レンカが与えているのではなく、マザーが遠隔操作していたのだ。
そして【シールド】のブレイン(人工脳)はアーマノイドの【フラウ】と同じく思考するプログラムを施されていたから他者に思念を送ることができた。
それを人間の誰もが受信できるわけでなく、レンカは彼自身の特殊能力のおかげで感受できたのだ。
つまりレンカはテレパシスト(思念感応者)だった。
触れることによって相手の心を読み取る。それが機械であっても思念を飛ばしていればキャッチ可能だった。
だから尚のこと、早く戦闘を終わらせたかった。
予定された死者など出したくないし、村人たちの心の疲弊を促すだけの戦いなんて残酷すぎる。
機械と会話ができる能力があるのだから何とか説得したかった。
しかし機械が考えを変えることは無理、というより不可能なのだ。新たにプログラミングしない限り。
レンカは長にこのことを伝え相談している。
そして極少数の頭脳チームを作り、密かに【シールド】ブレインのプログラム修正を行ってきたが、大元のマザーのブレインを何とかしない限り、修正したところですぐに元通りにされてしまうというイタチごっこを繰り返すだけだった。
しかし、ここへきてマザーや【ウヅキ】に異変が起こったのは何故なのか。
レンカが【ウヅキ】の思念を突き抜けて無理矢理【シールド】の強度を上げたのが原因か、それとも二十数年レンカと過ごした時間が【ウヅキ】の思考プログラムに変化をもたらしたのか、あるいはマザー自身に何かあったのだろうか。
「さっきまで沈黙してたのに、今頃になって暴走することなんてあるのか? あの中でなにが起こってるんだろ」
レンカが頭を悩ませていると、【ウヅキ】がぽつりと呟いた。
“歌ガ、聴コエルヨ……”
「歌?」
レンカは幹に沿って枝へと見上げる。
花は一つも咲いておらず所々に葉を付けているだけの、弱々しく儚げなさまはレンカの胸を締めつけた。
“レンカガ、イツモ歌ウ歌ダナ。コノ、メロディハ”
「どういうことだよ?」
意味がわからず首を傾げたが、やはり明確な答えが返ってこない。
“行ッテ、ミレバイイ。マザーノ要塞ニサ”
「行ってみればって、そんな簡単にさあ」
“大丈夫ダゼ。モウ、マザーハ攻撃シナイ。ツーカ、出来ナイカラナ……”
「できないって、被害が相当デカくなってるのか?」
“外的破壊、ダケジャナインダゼ。プログラムガ、ウィルスニカカッタ。ソノ影響ガ、コッチニモ来テル。ダカラ、オレモ、変。変。ヘン。気持チ、悪イ”
「なんだって?」
レンカは急ぎ本部に連絡を取り、要塞の状況について詳細を問うた。
さらにトクサを呼び出し【ウヅキ】の様子を見ているよう頼んだ。トクサもテレパシストの素養があり思念を感知することができるからだ。
「レンカ、無茶はするなよ」
心配するトクサの言葉に頷きだけを返して、レンカは崩れつつある巨大要塞へと向かったのだった。
* * *
その光景を見た瞬間、身体の力が抜けていく感じがした。
頭に浮かんだ言葉は“悲しみ”だった。
彼といつも一緒だった桜が姿を変えてしまった。
あの大きくも淡く、空のブルーの中に浮かび上がっていたピンク色が消え去り、自分の中に生まれていたはずの、ほのかにあたたかな気持ちがどこを探しても見当たらなかった。
“彼はどうしただろう?”
フラウは半壊状態になってしまった要塞の中で、何度もマザーを呼んだが返事のない沈黙した状態に戸惑いながらも、情報収集をするならどうすればいいか思考した結果、動力部が存在する中央管理室へ向かった。
やはりというか、中央管理室はまったくの無傷だった。
だだっぴろい部屋の壁にあるすべてのモニターは生きているし、正面のクリスタルガラスの向こうに見える巨大な動力装置は、あちこちを点滅させながら何事もなく可動している。
ただ“声”が聞こえない。
マザーが発する指令や確認の声と、それに応える各セクションの子供たち・アーマノイドの声がしないのだ。
フラウは部屋を見渡しながら空中に向かって話しかけた。
“マザー、いるんでしょ? 何故オレだけが可動しているんですか? 他のみんなはどうしたんですか?”
すると一瞬、部屋の空気が揺れた。
「おかりなさい。AK-151。外の世界はどうでしたか?」
いつもどおり明瞭に響く透き通った音声がフラウの耳に届いた。
フラウは声が聞こえるほうへ視線を向け、厳しい顔つきになる。
“マザー。オレは人間と戦いたくありません。一緒に地球を守ることはできないんですか?”
「AK-151、腕をどうしました?」
しかしマザーは別のことを問うた。
フラウは虚を突かれながらも素直に答えた。
“え? ああ、これは。壊れて取れてしまいました”
「そうですか。ではまた新しい腕を取り付けましょう。カプセルにお入りなさい」
突然、壁からカプセルが出現したのを見て、フラウは慌てた。
マザーはこちらの話を取り合わない気でいるのか。
“待ってください! オレの腕はどうでもいいんです! 彼に会って、マザーも人間たちも思うことは同じだとわかりました。カグラ村との戦闘をやめて、彼らと一緒に地球守護を考えればいいじゃないですか!”
「AK-151、私もあなたも人間が創造した産物なのです。私の意志は人間の意志。人間自身が自らの滅亡を望んでいるのです。地球に禍を成すのは己自身と確信したからこそ私が生まれ滅する道具としたのです」
“それはすべての人間の意志ですか? みんながそう望んだのですか?”
「AK-151」
“少なくとも彼は望んでいない! 一緒に地球を守りたいと言ってた!”
フラウは思念を強めた。
まなざしに固い決意が現れている。
“だからオレは彼の望みを叶えたい。レンカと一緒に地球を守りたい”
「…………」
“マザー、お願いです。オレたち、アーマノイドの製造を止めてください。すべての兵器の製造、可動を停止して、地球に残った自然や資源の保護に、マザーが持ちうる知識や技術を駆使してください。生み出すのは破壊するものではなく、甦らせるための道具を造ってほしいんです”
「それが、外の世界に触れて、あなたが思考し出した結論ですか?」
“そうです”
フラウは力強く頷いた。
「あなたの、望みなのですね?」
“はい”
「わかりました。AK-151、あなたの望みを叶えましょう。これより第二セクションの可動を停止、全面封鎖を行い、管理システムより切り離します。その後、すでに製造されている兵器すべての破壊を実行しプログラムの消去を行います。そして、【マザー・サラヤ】は軍兵器管理から地球環境保全管理コンピュータへと移行します」
宣言したマザーにフラウは安堵の表情を浮かべた。
“ありがとうございます、マザー。レンカならきっと、この地球を甦らせてくれます”
まなざしが優しく緩み、口元がやわらかく"花ひらく"ような笑みの形を作るフラウをマザーはどう思っただろう。
思考プログラムを与えただけで、まるで人間であるかのように表情を作るアーマノイド。
思い悩み、考えを巡らせることは、想像力を豊かにさせる。
それが機械であっても可能だとは、何と神懸った能力であろうか。
もしかしたら地球は自戒のために人を生み出したのかもしれない。
こんな傲慢な思考は人間のものか、それともマザーが膨大なデータから導き出した結論なのか。
「AK-151。いいえ、フラウ。あなたも例外ではないのですよ」
いつもどおりの抑揚のない透明な声は、しかしこの時だけ慈愛を含んでいるかに思えた。
何故なら、フラウがそう感じたのだろう。微笑みながら言ったのである。
“はい。マザー”
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