ミミットの足跡

1/4
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

ミミットの足跡

「先輩、なーんか最近冷たくないですか?」  私がそう尋ねると、同じ会社の先輩社員であり恋人でもある北見(きたみ)はあからさまに肩を跳ねさせた。知っていたことではあるが、なんとも腹芸の下手なお人である。漫画の登場人物でももう少し上手に言い繕うだろう。隠し事があります、と口で言っているも同然だ。 「土日にメールしても、全然返事くれないし。ていうか、いっつも“忙しくて土日空いてない”ってほんとですかぁ?ほんとに仕事関係で呼ばれてるだけ?」 「そ、そうだよ。営業は土日もしょっちゅう呼ばれるし、休日が移動日に当たっちゃうこともあるからね」  北見は困ったような顔で告げた。完全にどもってるんですけど、と私は心の中で憮然とする。  確かに彼が言う通り、営業部の仕事スケジュールは私たちのような事務のメンバーと一致しないことも少なくない。出張もあるし、接待もある。土日で安定して休めないこともあるのは重々承知の上だ。  が。それはあくまで、例のウイルスが大流行する前のことだというのを忘れていないだろうか。確かに自分達みたいに交代でオフィスワークが難しいのが彼の仕事かもしれない。けれど、なるべく多くの会議をオンラインでこなすようになっているはずだし、今までのように接待で取引先と一緒に食事、なんて殆どできなくなっているはずである。  出張だって、最低限に抑えられているはずだ。うちの会社がそこまでブラックな真似を営業部のメンバーに強いるとも思えず、それは取引先の方も同じだろう。ということはつまり、彼は自分と会わない口実に仕事を使っている可能性が高い、ということに他ならない。 「本当に仕事なんですか?私のことが嫌いになったとかじゃなくて?」  ストレートに尋ねれば、彼はぶんぶんと首を振った。仕事終わりの帰り際、他の社員たちの視線が痛い。こんなところで痴話喧嘩なんかするなよ、とでも思っているのだろう。  わかってはいる。でも仕方ないではないか、ここでしっかり捕まえておかしないと、彼はまたのらりくらりと逃げるに決まってるのだから。 ――この嘘つき男め。  これは間違いなく、浮気のサインというものである。 ――逃してなるもんですか。その嘘、絶対暴いてやるんだからね!!
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!