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ハナの名前にはエムから始まるようなワードはない。スペル自体も適当に選ばれたらしい。
「レバノンってアート活発なの?」
「分かんない。でもさ、キャリアがいっぱいあるのに、あんまり知られてないとウソがバレそうじゃない? あんまり知らない地域で活動してたことにすれば、バレにくいんじゃないかなーって思って」
「言葉を話せないっていうのも、私がうまくしゃべれなかった時の保険ってことだよね」
「うん、そう。なんか他にいい設定あるかな?」
「事故のショックで話せないって、かなりのトラウマだよね、これ。ちょっと変えてもいい?」
「うん、もちろん!」
「ポートフォリオはすごいねぇ。素人が見ても、すごいアーティストに見える。元彼さんがつくってくれたの?」
「うん。もともと持ってたホームページから加工してもらった感じだけどね。そこそこ頑張ってたから、けっこういろいろ素材あるんだよ」
そこそこ頑張ってた人でも諦めるくらい厳しい道なのに、自分がアーティストを演じきれるのだろうかとハナは思う。しかしまぁ、どうせダメだろうから、やるだけやって笑い話にすればいいのか、とハナは開き直ることにした。
「あっ、いけない。テレビ見ないと。ヴィヴィくんのパフォーマンスがニュースで紹介されるんだった」
メイコはベッドに飛び乗ってテレビをつける。少しするとライブパフォーマンスをするヴィヴィの姿が映し出された。過去の映像のようで、本人のコメントはない。
「あー、またこの動画。これ二年前のやつだし。もう録画してるやつだから! 新しい映像ないのかね」
「最近、パフォーマンスはやってないって言ってなかったっけ」
ベッドの上で足をバタつかせるメイコに、ハナは自分の古いノートパソコンの画面を見ながら声かける。
「数年前に出た大きなイベントで怪我をしたっていう噂もあるけどね、わかんない。最近はテレビも出ないし、ライブイベントも全然ないよー。出てもオリジナルのマスクで顔隠してるし。だから、ハナが頑張ってくれるしか、私がヴィヴィくんに会えるチャンスはないってこと」
「はーい、がんばりまーす」
ヴィヴィは広告をカットして使うコラージュとペイントを組み合わせたアーティストで、ライブではコラージュ作品をメインにつくっている。もともと紙を使った自作のウィッグをつけているので、マスクをされると正直なところ、ハナには顔の区別もつかなかった。
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