アーティストになる日

6/16
前へ
/16ページ
次へ
 二週間後、ハナとメイコは渋谷のカフェで、美術批評家の男性と待ち合わせていた。NCAの推薦人として彼が昨年推したアーティストはグランプリを受賞している。メイコとの信頼関係も深いようだ。 「君が見つけてくるアーティストはいつもおもしろいからね。浅倉です、よろしく」 「エム、です」  五十代半ばだという浅倉は、黒いシャツに黒いスーツ、細い縁の黒い眼鏡で色をそろえていて、髪の毛も黒く染めているせいかスタイリッシュで若く見える。差し出された手に合わせて手を出すと、ハナの手を包むように力強く握り返された。  今日はメイコの服を借りてきたけど、着慣れない服は自分にちゃんと馴染んでいるだろうか。ハナは不安に思いながら席に着いた。 「ポートフォリオは見せてもらったよ。海外での活動経験の方が多いんだね。作品もおもしろかった」 「ありがとうございます!」 「自分の内面と外見が一致する完全実体を仮想現実の世界につくるっていう発想も気になったよ。それを平面作品でどう表現するのかっていうのも。メディアアートじゃなく表しきれるのかなっていうところが気になるところだよね」 「その点についてはですね、デジタルデータをプリントした作品をピクセルに見立てて構成する予定で…」  ハナは座ったまま、メイコの解説を興味なさそうにぼんやりと聞いていた。結局、アート部分はメイコに任せ、ハナは作家像をつくり込んだ。作品はすごいが言葉が苦手。海外のギャラリストに騙されたことがあり、アート界のことを信用していない。メイコと懇意にしているギャラリストが発見し、数年かけて説得し、作品について話を聞きながらポートフォリオを揃えていった、ということになっている。ちなみにそのギャラリストはメイコの元彼で、実際にカフェを兼ねたギャラリースペースを運営している。 「君自身はどうなの? NCAは日本の権威だ。出たいっていうアーティストもたくさんいる。君よりモチベーションが高いアーティストも大勢いる。僕としたって有望な若手を推して業界の希望にしたいからね。君がどのくらい本気なのか、君の口から聞かせて欲しいな」 「私の本気度は、作品で表現しているつもりです。それで伝わらないなら、何度でも伝わるように創る」  話を振られたハナは、目線を合わせずに独り言のようにゆっくりと力強く言った。 「…なるほど、分かった。もう少し詳細な作品データを送ってもらえるかな? それで考えるよ」 「ありがとうございます、今日中にお送りしておきます」 「会えてよかった、ありがとう」  浅倉は早口で言って立ち上がり、店から出て行く。メイコもすぐに立ち上がって何度もお礼を言いながら、入口まで浅倉に付き添った。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加