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「私は単純に自分がどうしてそこにいるのか知りたくなって、ふて寝しだした彼女を尻目に壁をすり抜け空中浮遊をしながらここを目指した。数分して私は久しぶりに学校に登校し真っ先に体育館倉庫へ向かった」
「が、だ。面白いことに、非常に不思議なことに、私はいなかった。寝転んでいたマットの周りにはお遊戯会の飾りつけの如くバレーボールが散らばったままだったのに、私だけが影も形もなく、いなくなっていた」
パーンと、バレーボールが飛び跳ねる軽快な音が聞こえる。きっちり閉めたはずの体育館倉庫入り口は当たった反動で隙間が生じた。
「だからこの事件は未解決のまま、残念無念また来世といったとこか」
先輩の透けた体が一層儚く映る。勘違いでもなく、彼女の待遇を考慮すると胸が熱くなった。口紅を付けているのかと思うほど痛々しい唇の血色の良さからはまるで生きてないようには思えないが。
「…死体が無くなったんですか?」
「そう。近くに転がっていたボールはそのままに、私だけその場から消え失せていた、ということになる。私は幽霊だから物に触れることはできないが、辺りには垂れていたはずの喀血の後すら残っていなかった。神隠しならず、死体隠しか」
先輩は何故か楽し気に自身の事件を評した。鮮血に似た薄い唇が意地悪くひん曲がる。
「犯人の目星はついてないんですか?その、死体遺棄を発見した彼女が僕は聞く限り一番容疑者に近いと思うんですが…」
「うん、まぁそうかも」急に適当な返事を返してくるので僕は困惑した。
「そうかもて」
「もういいよ、なんだい君は。私にばかり自己紹介させて己は名乗らないつもりかい?」
唐突な手のひら返しで、先輩は漂うのをやめ腕組をし僕をじっと睨みだした。恐ろしいほど気分屋なようだ。
「私自身もう事件に未練なんてない。未解決事件というのは2chで調べても星の数出てくるんだから、そんな面白いものでもないだろ。時効まで後10年くらいあるし、のんびりでいいんだよこういうのは」
「でも心当たりあるのなら試した方がいいような。警察も後回しにしてきっとこのままじゃ解決せず…「そんないつ解決できるかわからない私の事件より君の方を先に解決してやろうか?」え?」
「水上くん、君の名は幽霊である私の耳にも届いていたよ。結構な”いじり‘’を受けているじゃないか。辛いだろう」
僕は心臓を鷲掴みにされ、先輩の意地悪く歪んだ真っ赤な唇と挑発的な切れ長の目が僕を射抜いた。嘲笑ともとれるが、憐憫にも見える表情の真相は見抜けない。
息が詰まり、しどろもどろになった僕は先輩になんとか誤解だと話そうとする。「ち、ちがっ」
「違うのかい?そっかいじりじゃなくて、いじめか」
「ちがいます!!」
突発的に大声を出し、その衝撃で喉に張り付いていた舌が剥がれた。
「あれはいじめとかじゃない、人間として全然できていないやつらが変に目聡く揚げ足を取っているだけです。僕は悪趣味な遊びに付き合わされているだけで、いじられてるとか、いじめられているとか全然違います」
「ふーん。いじめじゃないんだ、へー。じゃあ遊びに付き合ってあげているだけなんだね?なんとかしたいとか思わないと」
「付き合いたくはありません。ただ、その場の雰囲気がどうしてもそうなるだけで、僕も…なんとかなるんだったらとっくになんとかしてる」
そしてなんとかならないから最悪な学校生活を入学早々迎え続けているのだ。二階堂というクソみたいな呪いのおかげで。
雨音が少々、バレー部のはり叫ぶ声が大半の倉庫内で、先輩の声が繊細に耳へと届く。勿論、唇は綺麗に半月を描いていた。
「なんとかしてあげようか?君のいじりやら、なんやらを」
誇張表現なしに、その時の僕には先輩が天女様に見えた。薄暗かった倉庫内を照らす先輩の後光に僕は包まれた。だってその時僕には味方どころか相談できる人すらいなかったのだから。
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