人生、ゲーム荒らし②

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人生、ゲーム荒らし②

 南さんがペアを作れず、右往左往している時、僕もまた右往左往していた。ハンドボールの相方ができないのだ。  しょうがなく先生は比較的静かな連中に3人組でやるよう指示し、僕らは気まずげなよろしくを交わした。その中に近藤も居り、風邪なのかマスクをしていた。  1限目から体育とは気が滅入る。昨日YouTubeで聞き流していたアニソンを頭に響かせながら僕は上の空で話を聞いていた。すると体育座りしていた近藤が忍び足でこちらに近づいてくる。足をすり合わせて、少しずつ僕の方に近寄ってきている。体育館全体を使うので周りは四散し、先生がいる中心から遠い者は思い思いに話したりして精神的さぼりをしている。近藤もそれがしたのだろうか。しかし、僕と近藤は会話を多少交わしただけの関係で、気が合うとは正直思えない。近藤は昔話を人とするにもトイレに呼び出さないといけないのだ。今ここでまたあのよくわからない百合の話でもされては溜まったものではない。 「あー、近藤。ペアに入れてくれてありがとう」  形式的なお礼を言えば、近藤は眼を細め、不快感を露にした。「だまれ、嘘つきの二階堂」  目を見開き、小声とはいえ怒気のこもった力強い唸りに僕は驚いた。よく見ると、マスクのひもがかかった耳が赤くなっている。 「う、うそつき?僕が?そ、その名で呼ぶなよ、なんのことだ」 「とぼけるな!俺はこうなってほしくないからお前をトイレに呼び出したんだ。お前が何か嫌なことで色々ストレスを抱えているのもわからないでもない。でもな、だからって他人に八つ当たりするのはどうだよ、人として最低の行為だろ」 「こうなってほしくない?いったい何の話…」「そこ、静かにしろ」  小声だったが話し合いが白熱して、先生に目をつけられてしまった。先生がチラリとこちらを見ても追いすがって会話を続けてしまったのが原因だろう。「あ、すみません」近藤は返事せず、怒られたのも僕のせいだと言わんばかりに目を細めて睨みつけてきた。 「3組の近藤と、2組の池上だな。いいか、人の話を聞くのもちゃんとした社会人になるために必要なスキルなんだ。そうして一介の授業に悪ふざけするなら、お前らは一生学生のままだぞ」  まったく、僕はどうやら先生運がないようだ。理科の先生に続き、体育教師にまで怒られてしまった。豊永の面々の方がめちゃくちゃなおしゃべりをしていたのに、なんで奴らは注意されず、地味な僕がこうして集中砲火をもらわないとならないんだ。  体育教師は集団意識を大事にしてきたらしく、そうした協調性に欠ける態度は毛嫌いしていた。結果、授業の10分間もくどくどと全体に向けての抗弁を垂れた。今度は面倒くさくても誰も何も言わず、ただ黙って先生の自己満足が収まるのを目を細めて待った。  授業が終わり、体育館シューズを脱ぎかけた近藤を追いかけ隣に並びシューズを脱ぐ。「さっきの話はどういうことだよ。僕がうそつき?意味が分からない」 「とぼけるのもいい加減にしろ。お前にとっては遊びだろうが、俺にとっては生きがいなんだよ、鬱憤晴らしはさぞ気持ちいいだろう?」  近藤は言っていて悲しいのか、半ば涙目になり、校舎側に続く廊下を歩き始めた。涙目なのは僕の態度に、ではなくどうやら花粉症らしく、外に出た途端目を掻き鼻をすすりだした。「近藤、僕に腹立っているんだな、どうして!僕がお前に何をした?」  近藤はじろりと充血した目をこちらに向け、「とぼけるな、もういい知らん」と言うや否や足早に駆けていった。「次したら、お前のswitchぶっ壊してやる!」 「は?」  ドスドスと重たげな足音をさせ、近藤は廊下を進んでいく。進行先の生徒は迷惑そうに近藤を避けた。  僕は近藤に何か言ってやろうと、八つ当たりはお前の方だろと言ってやろうと思ったが、豊永組が来る前に着替え終えないといけないことに気づき、即急に教室で服を脱いだ。真面目で比較的人格のできた奴らが何人か次の授業の答え合わせをしていたが、僕をチラリと見るだけで何もしなかった。僕がズボンのチャックを上げている時、豊永が廊下中に響くくらいドアを引き、扉を全開にした。僕は全て着替え終えていたがまだ着替え終わっていない奴はそれでダラダラと着替えるのをやめ、急いで制服に袖を通した。 「あー、んだよ二階堂もう着替え終わってたかー」  僕は二階堂に、過剰に反応しないよう、豊永のいかにも残念そうな声に反応せず、着席した状態で次の授業の準備をし出す。 「おーい、二階堂、起立ー!」  豊永は悪ふざけに声を大きくがなり、咄嗟に僕は立ち上がってしまう。脳裏に父のあの憤怒した顔が浮かび、僕は背筋をピシりと伸ばす。 「マジで受けるよな!面白すぎるわ、こいつ」  ゲラの連中は豊永に同調しヘラヘラ笑っている。僕は豊永を見ずに立ち上がった状態で引き出しから教科書を取り出す。笑えばいい、人の気持ちもわからない奴らめ。「二階堂、着席!」慌てて、着席し、僕はそれから何度か豊永が着替えている合間に座ったり、立ったりを繰り返させられた。無視すればいいと思うだろうが、脊髄に氷を入れられた気分になり、どんなに馬鹿らしい見た目だろうと行ってしまうのだ。現に、僕が立ち上がったと思ったら座る姿に俯いて笑いをこらえている奴も少なくない。豊永が着替え終わり、女子をからかいだして、漸く悪ふざけは終わったが、僕は非常に屈辱的な気持ちになった。  別のことを考え気持ちを入れ替えることにし、体育での近藤の言葉を思い返した。あいつ、やっぱ怒っていたよな。  僕が何をしたっていうんだ。うそつきだと言ったが、僕は別に近藤と冗談を言い合う仲でもないし、何かキレさすことも一言も言ってない。トイレに呼び出され腹も立てずあのわけわからん虚言を聞いたんだ。あいつ、被害妄想でもあるんじゃないのか。いや、待てよ。最後にそういえば、switchって言ってたな。…、ゲーム?switchは面白そうだと思っていたが、本体が高いし、遊ぶ友達もいないし、暇もないし、買えなかったのだ。クリスマスプレゼントは万年筆(ブランドはモンブラン、いらない)をもらったが、switchを注文しとけばよかったかなと今は思っている。注文したとこで、あの聞かん坊の母が買ってくれるかどうかは謎だけど。  僕はもう一度近藤に話を聞こうと思い、先生が入ってくるまで何度二階堂と呼ばれたか、その数ぶん正の字を書き足した。  僕はもう一度近藤に会って訳を聞こうとした。近藤は理不尽に僕にキレ、僕をうそつき呼ばわりしたのだ。あいつに何の権限があってそういったのかわからない。そして二階堂と呼ぶのを金輪際やめろと言っておこうとした。  今日の最終時限目が始まった。古典の授業中、雨がポツポツと振り出した。しまった、傘を持ってくるのを忘れてしまった。いや、母がいる…、くそ今日に限って来ない日だった。降りやんでくれないかな、それとも共通の傘立てから勝手に拝借しようかと、退屈な授業を上の空で受けていた。黒板に書かれた活用形の変化をノートに写し、プリントに池上充と書いた。僕の前の席の生徒が立ち、活用形の空白を埋めだした。  僕の番になり、わかる場所の空欄を埋め、席に着こうとすると、僕の後ろの生徒が通り過ぎるとき紙切れを渡してきた。くしゃくしゃに丸めてあり、一見するとただのごみである。訝しつつ開くと、筆跡の汚い字で書き殴られていた。内容を要約すると、放課後体育倉庫に来い、という典型的にも程がある内容だった。裏面は小テストの解答用紙で、10点中3点を記録していた。  宛先人は書いていないが、その解答用紙には豊永寛と書かれており、豊永が僕に宛てたものらしかった。  すこぶる嫌である。ただでさえ近藤の件で気が滅入っているのに、これ以上豊永も背負わなければならないのか。僕の学校の体育館は校舎と隣接した場所に存在する。そして体育館倉庫は体育館に入って大分奥まで歩かないといけない。豊永が僕を閉じ込めて遊ぼうと考えているのなら、最適の場所だろう。走って逃げても体育館前に誰かが見張っていればそこで通行止めにできる。  しかし、恐らくだがそんな単純で幼稚なことで僕を呼び出すわけではないだろう。豊永は誰よりも帰宅することを愛していたし、第一この天候じゃ部活組が体育館を占拠する。僕をかび臭い倉庫に放置するならそれぐらいの予想はできたはずだ、例え古典の小テストが3点でも。  どうしようか、ぶっちするか?手紙を受け取ったとしても、行かなければいい。間延びした教師の声のイントネーションが耳に残りつつ、僕はしわだらけのプリントを手のひらで弄んだ。  豊永は普段通り誰よりもいの一番で飛び出し、勢いよく扉を全開にした。スライド式の扉は派手に悲鳴を上げ、小さく跳ね返りすらした。かわいそうに、痛かっただろ。物の痛みがわからんやつは、人の痛みもわからないんだ。  飛び出していった豊永は帰宅しているんだろうか。それとも僕を待って体育館倉庫前で仁王立ちしているのか。少し不安だが、行かないことにし、僕は近藤のクラスを覗いた。ちょっとしか開いておらず、見つけるのは困難だったがなんとか窓際に近藤を見つけた。  近藤は窓を覗き雨粒が流れ落ちるさまを眺めていた。2、3分眺めていたが動く気配はなく、うっとりと夢見る乙女のように目をトロつかせ自分に酔っていた。  他クラスに入ることは勇気がいる。必ず好奇の目に晒され、影で誰かが潜んだ声で話をしだすからだ。3組はどうやらホームルームが遅く行われたらしく、まだほとんどの人がその場に佇んでいた。数人が部活に行くため扉を力強く開け、その付近で立っていた僕に驚いた。 「もしかして誰か待ってる?呼んで欲しいなら呼ぼうか?」  神の啓示の如く素晴らしい提案を某お笑い芸人に似ている織田は僕にした。僕は一も二もなく頷き、織田に感謝した。スポーツマンとはやはり性格の良い奴ばかりなのだ、豊永さえいなければ、彼らだって気の良い連中だろう。 「近藤に話があるんだ」 「あー、あいつかー。そういやトイレで話してたよな。じゃちょっと呼んでくるわ」近藤の口臭を思い出したのか顔を若干しかめた。  織田は踵を返し、近藤に声をかける。それに反応し近藤は振り向いた。窓のおかげか、雨で花粉が流れたのかいつの間にかマスクを外していた。 「呼んでる」  織田の肩越しに僕を発見し、近藤は露骨に顔を赤らめた。恋した雰囲気ではない、どうやら視界に入るだけで腹が立つようだ。  織田はその様子にただならないものを感じたらしく、これ以上は関わらないが吉と、忍び足で近藤から離れた。   通り過ぎる織田がおう、じゃ、また明日と言うので軽く会釈し、じっと睨んだり、口をへの字にする近藤に目をやった。  帰宅準備を再開し、あらかた終えた近藤はズシズシとこちらに近づいた。廊下に出て、近藤は目元を擦りつつ吐き捨てた。 「てめーと話すことなんて一つもねぇよ」 「近藤、なにキレてんだ」 「キレてねぇ」  近藤は不貞腐れていた。キレているというより、弱い部分を見せないために強靭な殻を被ったといった具合で、声は泣き声にも聞こえた。 「百合の話でか?僕がお前の逆鱗を煽ったのか?」 「何大昔の話だしてんだよ、そりゃもう終わった話だ。あんなに思い入れあるといったことをよくも踏みにじれるよな。ある意味尊敬できるわ、うそつき野郎」  「それだ!うそつきと言うなよ!」 「うそついただろうが!俺が遠回しに荒らし行為をやめろって言ったのに、あからさまに派手に散らしていきやがって…!」  近藤は花粉がまだぐずっているのか、鼻から汚い音を出し、震え声で怒声を上げた。「ばかやろ、声がでかすぎる」  女子たちの会話が止まり、僕らの会話に聞き耳立てているのがすぐにわかった。  近藤は僕がまだ居座り強盗よろしくな態度を取っていると思ったのか、「うるせぇ!」とより一層でかい声を上げた。  
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