巣食う怪女←ノン!天女①

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巣食う怪女←ノン!天女①

「ほんとに、透けている…」 「嘘じゃないだろう。私は嘘を吐かない稀有な人として扱われていたのだよ」  先輩の、陽の差さない体育館倉庫内でも神々しさに満ち満ちた(天使の輪という)艶めく髪が動きに合わせて妖艶めいた動きをする。絹よりも柔らかく、きめ細かい髪は枝毛どころか先端すらパサついておらずしっとりとしている。寝転べば容易く扇に広がり、そして辺りは甘くどこか切ない香りで包まれるだろう。  僕が髪の流れがあまりに美しくうっとりと眺めているのを気色悪く感じたのか先輩は、僕のだらしなく呆けた口を指摘した。 「なんてたるんだ顔をするんだ!日本男児としてあるまじき行為、世が世なら、いえ私が大名なら君をこの場で切腹に侍させただろう。無論、私の母方は生粋のフランス人であったが」 「フ…フランスにも切腹なんてあったんですか」「あった…いや、どうだろ。ジョゼフ博士が考案した首切り装置(ギロチン)は、多大なる影響を与えたけど、あれと似ているのかなぁ。でもあれ首だし、根本的な意味合いは違うからな。あぁ、自殺文化は恐らく無かったよ、疫病でみんな死んでいたし、切腹は贅沢品だ」  先輩は満足げな表情をしたが、僕は捲し立てられたことに噛みつけず、呆けた口をさらに開いた。「よろしい!ならば騎士道だ!主君のために死を選べ!」 「本筋から逸れまくっています」先輩が突き付けた指は距離を間違えたのか僕の鼻先を貫いた。もちろん痛くない。  彼女は正座した僕の目の前の跳び箱に刺さっていた。先ほどからあちこちを飛び回り、透けた足を披露していたが、僕に宣言をするために見やすい位置に落ち着いたらしい。先輩の足は、白く陶器の如き無駄な肉のない足は跳び箱に吸い込まれ、下半身は跳び箱と同化していた。  初めてだ。こんなにもイキイキとした幽霊を見るのは。(生気のない一般的な幽霊も見た事なんてない)    僕は困惑しながらもどうしてこんな奇妙な状態が成立したのか思い返していた。    意を決して扉を開け、僕は奥の方まで体育教材でみっちり詰まっている倉庫に顔を覗かせた。湿っぽいマットが隅の方に鎮座していたり、およそ用途のなさそうな鉄の棒群が固めて置かれていたりと、使われていないもの特有のじめっとした空気が充満していた。好き好んで入りたいとは思えない、息が詰まる匂いに眉をひそめる。 「あのー。ちょっと、倉庫開けたらすぐ閉めてもらえますか?」バレー部の一員から張り上げた声で注意された。怒声ではないが苛立っているともとれる声色だ。 「あ、すみません」少し声を出して謝る。声出しをしているほかの部活のせいでボソボソした僕の声はかき消されてしまう。それでも何度かお辞儀をして仕草で申し訳なさを表す。もやもやとした屈辱感が顔を覗かすが、なだめて仕方なく上半身から倉庫内に滑り込み、後ろ手で扉を閉める。    顔を上げると、スラっとした非常に、とても、鼻筋の通っていて目がパッチリで肌に生気がないくらい青白い、そばにいるだけで赤面してしまうレベルの美少女が、鼻先に存在していた。 「うわっ!!?」  キスしてしまう、というよりもうしてしまっている距離感に驚く。美少女はそんな僕にお構いなしのようだった。 「君は幽霊を信じるかい?エジソンが、シャーロックの生みの親が、アイザック・ニュートンが心頭したオカルトめいた霊の存在証明…頭が良すぎることの欠点はすべてを知りたがるところだね。どうもイギリス人は霊を信じていたらしいが、君は心霊主義か?日本での心霊現象研究協会の一人者かな?いや、どうだろ、君の様子を見るに、腰が抜けてしまっているように思える。小心者なんだね」 「腰が抜けた?いや、腰を打っただけです」きゅうりに驚いた猫の物まねをしてしまった僕は数メートル上に飛び上がり、天井に背後の扉に背中から腰を強打してしまい、痛みに耐えつつ返事をした。小首をかしげたちょっとした仕草でさえ目を奪われてしまう麗しき美少女はその見た目にそぐわない話しぶりを披露した。数秒と眺め続けることもおこがましく思わせる暴力的な美の前に僕は顔を下向きにすることしかできなかった。 「腰を?それは一大事だね、脊髄は損傷すると完治しないんだよ、私のお婆様はぎっくりやって寝たきりになってしまった」 「は、はぁ」僕の気の抜けた声に返事することなく、美少女は先ほどの質問を繰り返した。 「幽霊は信じるかい?例えば、目の前のフランスとのハーフのくせに日本語はペラペラでイタリア語の専攻をしている女…つまり私、雛沢玲奈が幽体であることを君はたちの悪い冗談だとバカにしないかい?」  僕は思わず顔を上げ、不躾に目の前の雛沢先輩を眺めた。とはいえあまりしっかり見ると心臓が飛び出てしまう。  身長164cm、体重リンゴ(平均のものとする)186個分、県のミスコンぶっちぎり1位。BWHはヒミツ。自宅は秋田県の(個人情報なので県名までしか書かれていなかった)どこか。眉目秀麗で品行方正、成績優秀、文武両道と四字熟語で表される完全超人な人で学校中で彼女のことを知らない人間はいなかった。しかし、それ以上に学年の被っていない僕が先輩の名をすぐに出せたのは彼女が3年前に行方不明になり警察の捜査も空しく今なおてがかりもないままに不明という事実だけが憶測と共に町内やらで駆け巡っている。学校で思わずといった場所のあちらこちらに捜索願ポスターが貼られていた。先ほどの先輩の情報はこのポスターに伴ったものである。最後に見かけた場所は高校付近のコンビニエンスストアで、練乳アイスと週刊誌を購入したことを当時バイトで入っていた大学生が目撃している。そのコンビニでは確率が高いからか、少し見えづらいレジ後ろの壁にポスターが貼られていて、僕は利用するたびに雛沢先輩の安否を一瞬案じていた。 「雛沢先輩?」僕が何故先輩とつけるのかというと、彼女の捜索は3年前から始まっており、その当時16歳だったことを考慮すると当然彼女は僕より年上ということになる。父の方針で目上の者への礼儀は欠かさないことを命じられてきたせいか、直接的な先輩ではない彼女を年齢という点で先輩と呼んでしまったのだ。「なんでこんな所に…」  根っからの直毛なのだろう、どんな寝相でも寝ぐせすらつかなそうな透き通ってすらいる髪が彼女の動きに合わせ柔らかく輪を描く。彼女ではなく、先輩といった方が、いやらしさがなくていいな。 「質問には質問で返すタイプは、女の子にモテないよ。まるで話を聞いてないように思えて冷めてしまうからね」  僕の疑問は当然答えず、先輩は相手にもしないようだった。蛍光灯の予算すら割り当てられていない光源というものが見当たらない倉庫内では先輩自身が放つ神々しさによりかろうじて見えている状況だ。そうだ、この倉庫には光がない、扉も固く閉めたんだから、だとしたらどうして先輩だとわかったんだ?どうして先輩が光っているんだ?僕は急いで先輩が先ほど言った言葉を噛み砕きだす。 「先輩が…幽霊?じゃあ行方不明の時に誰かに殺され…、え?ど、どういう…えぇ?」  混乱した僕は、チラチラとしか見れなかった先輩の全身をもう一度眺めた。髪だけでなく全身が淡くほのかな光を放っている。比喩的な表現でない。本当に透けている。きめ細かすぎて、透き通っているんだと思っていた先輩の体の、服に包まれていない部分は向こう側すら見えていた。 「そうだよ、何事も本題から取り組んだ方が段取りが良い。ようやく幽霊に出会った時のリアクションをしてくれたか」  先輩が薄く笑う。芝居がかっているが、非常に似合っている。舞台女優の如き先輩だからこそ、過剰な仕草が似合うんだろう。 「嘘…」「嘘て。女々しいなぁ、本当に日本男児かい?」  先輩は証拠を見せてやろうと宙返りをした。やましい気持ちはないのだが、女性下着が見えてしまったら気まずいと思い僕は思わず目を逸らした。 「ほら、見たまえ。足先がないだろう。これこそ動かぬ証拠」  僕は先輩ののほほんとしているが従わざるを得ない声に首を動かした。細目にした目を、光源である先輩が体勢を変えたからか目に刺さるほどの光の隙間から先輩を垣間見た。
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