タイプライター

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
仕事の休み時間は会社の近くを散歩するのが日課だ。そしてコンビニでファンタを買うのもいつものことだ。今日はオレンジ味のファンタを買った。 その帰り道、入ったことのない路地を歩く。 すると小さな洋服屋さんが表れる。さっぱりとした若い女性物のブラウスやワンピースが売られている。内装が木のテイストでまとめられていて、清潔感とノスタルジア感が共存していた。 中に入り、アクセサリーの棚を見ていると、足元の棚に一台だけタイプライターがあった。黒くて手動式のものだ。 棚のガラス越しにじっと見ていると、「タイプライターって素敵ですよね」と女性の声が聞こえる。振り返ると、店員さんらしき女性がこちらを見ていた。 はい、とても素敵です。そう僕が答えると、店員さんは棚からタイプライターを取り出してくれた。 「よかったら触ってあげてください。なかなか人に触れてもらえてないから、寂しがってると思うので」 僕はとりあえずアルファベットを順番に印字する。 ABCDE そしてFのキーを押そうとしたとき、「Fは押さないでください」と店員さんが少しきつめの口調で言った。 僕はビクッとしてキーから手を離す。 GHI と店員さんが代わりに印字した。 「これで、Fはこの世からなくなりました。Fのない世界へようこそ」 僕は声のする方を見ずに店から立ち去る。 少し歩いてオレンジファンタを飲もうとする。 ラベルのFはEに変わっていた。 FANTAがEANTAになっていたのだ。 「Fのない世界へようこそ」誰かがささやく。 僕は歩き出す。Fのない世界を歩き出す。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!