4月10日 鴻雁北

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◇◇◇  そう思ったのに。  その人はあっという間に走り去ってしまい、あまりのことに呆然とした。何が何だかわからなかった。何故あの時すぐに追いかけなかったのか。そんなことを今更思っても、もうどうしようもなかった。  見た感じ、20代後半くらいでスーツを着ていた。年齢からおそらく学生じゃないだろう。スマホに謝りながら走り去ったということはひょっとしたら父兄だろうか。入学式に出席する予定だったのかもしれない。でもひょっとしたら違うかもしれない。  式場の講堂に入れば式が終わるまで出られないだろう。もし関係者じゃなかったら、もう会えないかも。そう思うと講堂に入る勇気はなかった。  待ち合わせをしていた友達に断って講堂の前の道であの人を待つことにした。その少しの時間の間にも2列で立ち並ぶ桜は忌々しくも花弁を撒き散らしている。まるで砂時計の砂が落ちるように有限の花弁が散りきるまでのカウントダウンをしているように時間の経過を刻みつける。  花弁が全て散り果ててしまったら、1枚の桜の花びらなんて誰もその記憶に留めない。  どのくらい経ったか並木を睨みつけていると講堂からざわりと人が流れ出す。その人並みが途切れてしばらく経ってもあの人は出てこなかった。私があの人を見逃すはずがない。ということはあの人は新入生の父兄ではないのだろうか。やはり入らなくてよかったと思いながらも、それではどこに行ったのかという疑問が首をもたげる。
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