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「じゃあ、また明日ね」
いつものように、軽く手を振って角を曲がろうとすると「なあ、美月」と結城が声をかけて来た。
「なあに?」
「もっ、もしもさあ」
「うん」
「俺が街の大学に行かないで、ここに残って欲しいって言ってたら、どうしてた?」
美月は少しの驚きの表情の後、ちょっとだけ微笑みを浮かべ、そして最後に悲しそうな顔を覗かせた。
そして、言われてから、一瞬間を置いて、美月は結城に背を向けた。悲しい顔を見せないように。背を向けたまま、結城に聞こえないように、小さくつぶやいた。
「ずるいよ・・・」
何でそんな事を今さら言うの?
何であの時、言わなかったの?
まるで泣いている様な背中だった。結城は美月のそんな背中を見て、そこで初めて、言ってはいけない事を言ってしまった自分に気が付いた。
あぁ、本当にバカだ俺。
地元を離れる美月。そんな美月の中では、自分は大きな存在じゃなかったのかなと、結城はずっと不安だった。
その不安故に、聞いてしまった。
回答が出ない質問を。
美月を困らせるだけの質問を。
「あっ、あの美月、そうじゃなくて・・・」
「行かなかったよ」
背を向けた姿勢から、振り返り、美月は結城を真っ直ぐに見つめた。慌てふためく結城とは対照的に、その表情には決意が見えた。
「あの時、ユウちゃんに進路の相談をした時に、行くなって言われてたら、街の大学には行かなかったよ」
少し風が吹いてきた。乱れた髪を、美月は軽く押さえた。春はいつでも、風が強い気がする。
「美月・・・」
何か言おうとした結城を遮るように、美月は言葉を続けた。
「うそ」
「えっ」
授業が無い為、ほぼ空のカバンを振り回して、結城の背中をカバンで叩いた。バシッと音が鳴るほど強く。痛がる結城に構わず、更に言葉を続けた。
「うそだよ」
美月に叩かれたまま、結城は固まっていた。痛いのは、背中だけではなかった。
固まっている幼馴染に、美月はあっかんべーと舌を出した。出来る限り、明るい声を出す。涙が出そうなのがバレない様に。
「うそだよ。子供の頃からの夢は諦められないよ」
「・・・」
何も言わない、何も言えない幼馴染に「じゃあね」と手を振って、美月は別れ道を歩き出した。結城は固まったまま、その背中を見ているしかなかった。
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