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画伯の家
彼女の黒目がちな瞳はうるうると潤み、ちょっぴり太目の男性刑事を見つめていた。
「刑事さんはわたくしを疑っていらっしゃるのですか?」
刑事はタジタジとなって、隣に座っている後輩刑事の横腹を肘でつついた。
「ウルフ、なんとか言えよ」
今度は、うっかりあだ名で後輩刑事に呼びかけてしまって、しまったというように肩をすくめた。
刑事としての注意力が削がれてしまうほど、目の前のソファに腰かけた女性は魅力的だった。そのため、以前に所属していた交通捜査課のあだ名で呼び合う習慣が出てしまった。
ちょっぴり太めのヒロ刑事と後輩のウルフ刑事は、連続ひき逃げ犯を検挙した功績で、つい先月そろって捜査一課強行犯係に移動となったばかりなのだ。
「えっ! ぼ、僕ですか?」
ウルフ刑事は突然、会話のバトンを渡されて、目を泳がせた。
喪服を着た未亡人に、夫殺害の疑いをかけ、動機やアリバイを聞くなど、優しい性格のウルフ刑事にはとてもできそうにない。
(やっぱりひき逃げ犯を検挙した後、すぐに辞めればよかった)とウルフ刑事は胸の内でぼやいた。
スーツの胸ポケットでクシャクシャになっている退職願がカサリと音を立てる。
捜査が難航していた事件の犯人逮捕で、よくやったなどと褒められて、退職届を出しそびれているうちに、うっかり捜査一課に抜擢されてしまった。
捜査一課といえば、刑事ドラマでもお馴染みの、殺人や強盗など凶悪犯罪の捜査を行う花形部署。ウルフ刑事にとっても憧れる気持ちに例外はなく、辞められなくなってしまったのだ。
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