画伯の家

7/7
前へ
/11ページ
次へ
 しかしそれも自然なことだろう。絵の中の彼女は、上半身ヌードでこちらに背を向けて椅子に座り、振り返っているのだから。  絵の中のテーブルの上には、パレットや絵筆、まだ蕾の花が活けられている花瓶、そして小さな紫色の実がいくつか、散らばっていた。よくある構図だが、ヌードのモデル本人を目の前にすると少々、気まずい。 「この花が咲いたら、ベルのようになるんでしょうねえ」  ヒロ刑事は絵をもっとよく見たいという欲求を抑えられなかったようだ。覆い布を自分でめくって、絵の中の釣り鐘型の花の蕾を指さすと、「濃い赤紫が効いていますねえ。おや、この実はブルーベリーですか?」と聞いた。 「さあ……なんの実かしら? 主人はこの実から採った汁を、目にいいから、と絵を描く前には必ず、私の目にさしていましたわ」と、彼女は両腕で体を抱えるようにしてさすった。 「ブルーベリーは目に良いと聞きますが、食べるものだと思いますけどねえ。痛くなったりしませんでしたか?」とウルフ刑事は、心配そうに彼女の瞳をのぞきこんだ。そして彼女の大きな黒い虹彩に見返されると、咳ばらいして目を逸らした。  ヒロ刑事は、近寄ったり離れたりして熱心に絵を眺め、「すばらしい絵ですねえ! 写真を一枚、撮ってもいいですか?」と頼み込んだ。 「本当は絵を写真に撮らせたら怒られてしまいますけれど、主人はもういないのですもの、かまわないですわ。私、この絵が嫌いなんですの」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加