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いつもは気怠い午前中のジム内の接客もメンテも、率先して行った。事務所に居ると例の箱が目に入って頭が混乱するから。
午前中頭を使わず一心不乱に皆が嫌がる仕事をしたら、副店長の機嫌が良くて、それだけは良かった。
「お昼、行ってきます」
「いってらっしゃい!」
「岩崎君?」
「はい……は?!」
事務所に腹が減ってフラフラで戻ってきて、俯いたまま事務所から出て行くつもりだった。
ご機嫌な副店長の声と、名前を呼ばれた。聞き慣れないけど聞いた事のある、声。
まさかと思い仰ぎ見ると、カウンターの向こうに
「あ、さみず!!」
「やあ」
キラッキラの営業スマイルを振りまいている、混乱の元凶が立って居る。
「え? 二人、知り合いなの?」
「びっくりしました。今姿を見て、もしかして……って思ったのですが、岩崎君だったとは。高校の同級生なんです」
「へえ、そうなんだあ!」
「風の噂で『フィットネスジムで働いている』って耳にはしてたんですけど、こちらだったとは」
「凄い偶然ね!」
「いやあ、営業にお伺いして良かったです。旧友に会えるとは。副店長が契約して下さったお陰で、こんな素敵な出来事が」
「ホント、私のお陰じゃない! 岩崎君、感謝しなさいよ」
「こちらの皆様と素敵なご縁、有り難うございます」
ご機嫌マックス副店長と、とびっきりの笑顔を作った朝水がケラケラと笑い合っている。
(なーーんにも面白くない!)
事務所に帰ってきた後輩女子も話聞きかじっただけなのに、つられて笑ってる。
多分俺だけ笑ってない。
なんだ? 『風の噂』って?! 俺自身が一昨日直接言ったじゃないか! 俺は風なのか?
「行ってきます」
俺は再び下を向いて談笑している二人を見ずに、従業員入り口に向かった。
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