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「……俺も、花粉と一緒だったしな」
「え? なんて言……」
「別に。そうだ! ここじゃない岩崎ん家の、ホントの最寄り、教えてよ」
ぼんやり思い巡らせていた時、意味不明な事を呟やかれ、我に返った。
聞き返す間もなく携帯を取り出し、俺の自宅をグイグイ探ってくる。
他の奴らなら、気軽に返したかも知れない。だけど、何故か朝水には頑なに言いたくない感情に支配され、俺はシカトした。
「なんだよケチ」
「ケチも何も……」
ケチと言って貰えるほど、俺の自宅にそんな価値はない。教えたくないだけだ。
「俺は帰るだけだけど、お前、勤務中なんだろ?」
「ほんとだ。流石にヤベー」
高校時代に戻った様な、今の見た目にはそぐわない言葉を使った朝水を見て、俺の胸の奥がざわつく。八年も前なのに、たった一年なのに。何でか思い出される。
(『ヤベー』って言った後、きっと)
――やっぱり。上唇を舐めた。焦った時の癖、今でもなんだ。
「何笑ってんだよ」
無意識にニヤついていたらしい。ただ、自分の記憶力との答え合わせに正解したうれしさ。それだけだ。
口調は当時を思わせるくだけた口調で懐かしさを覚えたけど、時間を確認する時に覗かせた朝水の時計を見て、瞬時に真顔に戻れた。
「じゃあ、元気でな」
「おう! またな!」
電車、わざと違う方向で普段乗らない快速に乗って……と頭の片隅で算段してたのに。
朝水は元気いっぱい手を振り、こっちを振り返りもせず、とっとと去って行った。
俺は拍子抜けして、再びベンチに座り込む。
「にてしも、『またな』って……」
自宅を結局聞きもせず、連絡先も交換しなかったのに。
俺は、借りたハンカチを握りしめ、朝水を乗せた電車が見えなくなるまで、ホームで呆然と佇んだ。
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