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「そろそろ本題に入りましょう」
この霙という編集、なかなかの手練だ。一向に私に帰るタイミングを与えない。
「天道先生、この花咲先生なんですがね率直に言って絵は上手いが、ストーリーがド下手なんですよ」
ただの下手ではなく、ドがついてしまうのか。
チラリと花嵐の様子を窺うと、彼はヘッドホンを耳に当て両手で顔を覆っている。……この様子、大分深刻なのだろう。
「ハナちゃん、短編は面白いんですが長期連載になると駄目でしてね。前の作品は3話で打ち切りでした」
「先程も言ったが私は漫画を読まない人間でね、それはまずいことなのかな?」
「まずいですね。そこで先生のお力を貸してほしくて……。ほら、ハナちゃんからもお願いして!」
ヒョイとヘッドホンを没収された花嵐はプルプルと身体を震わせている。
「て、天道さんの考えたお話に、このおれが絵がつけるんですか?? え、そ、そんなの……す、スゴすぎる。ぜ、是非お願いしたいです!!」
どうやらヘッドホンは無音だったらしく、ちゃんと私たちの会話は聞こえていたようだ。
しかし、いくら懸命にお願いされようとも私の答えは決まっている。
「悪いがこの仕事は断らせてもらうよ。漫画を読んだこともない私には些か荷が重い。漫画には漫画特有のストリート展開やルールなどがあるのだろうし、私にはむつかしいな」
そう言うと、花嵐はがっくしと両肩を落としてまた机とにらめっこを始める。
ふん、醜いお前が麗しい私と仕事が出来ると思うな。
「それでは私はこれで──」
颯爽と立ち上がり店を後に──しようとした所で、腕をぐいっと引っ張られて再び着席してしまう。
「まぁまぁ先生。花咲先生の作品も見ずにそんなことを言わないで下さいよ。これ、ハナちゃんが新人賞で大賞を取った作品です。これはストーリーも秀逸でしてね」
敏腕過ぎるぞこの編集。
タブレットを強引に渡され、これが最後の慈悲だと読んでやることにする。
うん? この漫画……。
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