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一人目のお父さんは、「お父さん」って呼ぶと私を殴った。
二人目のお父さんは、私で遊んだ。
三人目のお父さんは、笑わない人だった。
「おか…おかえりなさい……。」
お父さんは、いつも夜遅くまで仕事をしている。
こんな時間に、子どもの私が起きていたら怒られるかな。
お父さんは私を見下ろし、手を上げた。
叩かれる!と目を瞑った私の頭に、ゴツゴツした手がそっと乗せられる。
「……ただいま。」
そう言ってお父さんはネクタイを緩めてリビングに向かった。
たった一言。でも、その一言で、私は胸が締め付けられるほど嬉しかった。
リビングの明かりを点け、椅子に座ったお父さんは言う。
「百合子はどうした?……また飲み歩いているのか。」
お母さんはいつも朝までお友達と遊んでいる。私はいつもお留守番。お父さんは、そんなお母さんをよく思っていないみたい。
私が何も言えずにいると、お父さんはため息を吐いた。
「腹が減ったな。……何か作るか。」
「あ、あの!お…お父…さん……。」
椅子から立ち上がったお父さんに、私は咄嗟に声をかけた。
お父さんは振り向き、私を見つめる。恥ずかしい。心臓がバクバクする。でも、言わなきゃ!
「わ、私…ハンバーグ作ってみたの!だから……その……。」
やっぱり駄目だ。恥ずかしくて最後まで言えない。
怒られたらどうしよう。断られたらどうしよう。そんな気持ちが胸の中でグルグル回る。
でも、お父さんは。
「それを頂こう。」
と、言ってくれた。
「っ!うん!」
冷蔵庫に入れておいたハンバーグを温めて、お皿にご飯を盛り付ける。付け合わせの野菜も忘れずに。簡単なハンバーグプレート。
「……いただきます。」
お父さんは手を合わせてからハンバーグを箸で切り分け、口に入れた。
目を瞑り無言。静かなリビングに、お父さんの咀嚼音が微かに聞こえる。
そうして飲み込んで、お父さんは箸を置く。やっぱり美味しくなかったかな。
「美味い。」
お父さんは笑った。美味いって言って笑ってくれた。
その瞬間、私の心臓は跳ね上がった。
「あの…あのね!挽肉から作ったの!図書館で借りた本で調べて……お父さんに食べて欲しくて!それで……!」
つい熱くなって一方的に話してしまった。見ると、笑わないお父さんが黙々とハンバーグを食べている。
「っ!お、お皿は流しに置いておいて……。明日、洗う…から……。」
恥ずかしさから、自分の部屋に逃げようとドアに手をかけた。その時。
「こ、今度の日曜日……。」
「……え?」
言葉を詰まらせながら、お父さんは言った。私の足が止まる。
「今度の日曜日、休みをとったんだ。どこか、遊びにでも行かないか?……二人で。」
いつも通りのお父さんの背中。けれど、その耳は真っ赤だった。
「う、うん!わた、私…遊園地に行ってみたい!」
「あぁ、行こう。」
「おやすみなさい…!お、お父さん!」
「あぁ。」
私は今度こそ逃げるように、部屋に戻った。あのままリビングに居たら心臓が破裂していたかも。
部屋のドアを閉めて、私は胸を押さえる。
初めてお父さんと、あんなに長く話した。初めて笑ってくれた。初めて私の料理を食べてくれた。
嬉しい。
明日も作ったら食べてくれるかな?何がいいだろう。男の人だからお肉かな?唐揚げ、とか……?
明日からの事を考えるだけでわくわくする。この気持ちも初めてだった。
日曜日が凄く楽しみ!
「……お父さん、美味しいって言ってくれたよ。明日は唐揚げだから、モモ肉がいいかな?」
私は部屋にあるキャリーケースをそっと撫でた。
「おやすみなさい。お母さん。」
手についた血をシーツで拭いて、私はベッドで眠りについた。
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