3.  始まりの君

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3.  始まりの君

ねぇ、ルシェルナ。 私、前に言ったでしょ? 惨めな最後を送りたくないって…… 私は、悔しい…って思ったの。散々壊されて、侮辱されて。 ……でも、死んでしまったら…… 何も残らないでしょう? 自分を壊した人たちは、自分と同じように不幸になると思う? いいえ……きっとそうはならない。 自分たちが『壊した人間』のことなんか忘れて楽しく生きるでしょう。 押しのアイドルを追いかけて、趣味に心踊らせる。 好きな人と結婚して……『運命だ』なんて語って幸せいっぱいに笑って。 漫画や小説を読んでいればよくある展開。過去に自分を壊した人が、後悔に溺れたり……不幸になったり。 そんなことって、『現実』は少なくて。 弱い人間は下に堕ち、嫌な人間ほど上に上がって行く。 ルシェルナ……私も、『彼女』も弱い人間なんだ。 でもね、私は負けたくないって思った。死んだって……私の『自由』も『気持ち』も『意思』も無になるだけだから。 時間が解決するんだ。 よく言うでしょ?この言葉。 良い意味だと、『心の傷は時間が解決する』って言うよね。 でも……『時間が立てば、罪も忘れ去られる』ってことでもあると私は思う。 残酷だね。 悔しいんだ。散々頑張って『生きた』『生きている』私たちが……最後の最後まで惨めに終わるなんて。 貰うなら、『花瓶一輪の空っぽな花』 より『気持ちのこもった大輪のたくさんの花』がいい。誰でもそのはずだから。 ルシェルナ…… あなたはどんな花を望む?  私はある病室の前に立っていた。『彼女』の眠る部屋だ。色とりどりの花束を手に……もう片方の手で扉に触れる。扉の隙間から漏れ始める光のすじ。静まり返った部屋から『彼女』の呼吸が聞こえた。 「あら……どちら様?」 開いた先の彼女、『一ノ瀬 あげは』は笑っていた。 「何で笑ってるの?」 私は問う。 「うん……なんかバカらしくなって。」 彼女はそう答えた。 彼女は窓ガラスから空を見る。その表情は清々しく綺麗だった。 「バカらしく?」 「バカらしいよ。だってさ、何億人って中の一部だって気づいたから」 「一部?」 「そう、私を苦しめた人たちなんて……その程度の人間だなって……言葉は悪いけどね」 「まぁ、確かに。そうかもね」 「…なんかさ、生きてるんだなって。人間って案外図太いんだね。」 「まだ……死にたいって思ってる?」 私の言葉に彼女は……柔らかく笑う。 「……ううん。思ってないよ。さっき、バカらしくなってって言ったでしょ?」 彼女は私を見て笑った。 「その花束……また持って来てくれたの?」 「あぁ……うん。」 私は自分の手を見つめる。 「この部屋の花……全部あなたでしょ?持ってきすぎ。花粉症だったらどうするの?」 クスクスと笑う彼女は楽しそうで、私もつられて笑った。 「私ね、辛くて辛くて……周りが見えなくなってた。死ぬときもそんなに怖くなかったんだ。やっと解放されるって……そう思って。でも……」 彼女の言葉が途切れた。 「でも?」 「……でもね、死ぬ間際で後悔した。」 「……」 「走馬灯ってほんとにあるんだね……流れてきて、家族の声が頭に響いた。いつもいつも私を支えてくれてさ、守ってくれて。不登校になりぎみだった私を、何も言わず見守ってくれてた。」 「……そっか」 「うん。家族と向き合わなきゃ。そして、ごめん……って言うんだ。それにさ、あんな『心ない人たち』のために死ぬ必要もないって……やっと気づいたよ」 「……そうだね」 「まぁ、私は今生きてるし……もう死のうとは思わないかな。もう1つ大切なことに気づいたし、やりたいこともできたしね。」 「…?」 彼女は私が持ってきた花を見に写した。 「ねぇ、ちょうだい。その花束もらっていいんでしょ?」 私はハッとして花束を渡す。彼女は宝物を抱くように花束を手に取った。 「起きたら、病室が花だらけでびっくりしたけど、不思議と涙が出たんだ。花なのにすごく温かくて。嬉しくて。」 彼女は私の手を握った。 「ありがとう……お礼言いたかったの。確か同じクラスだったよね。」 「お礼なんて……私、あなたのこと、見てみぬふりしてた。こんな、偽善者みたいなの……」 「良いんだよ……許してあげる。ってこんなこと言える立場でもないけど。この花を見れば、あなたの温かさ分かるし。十分。それよりさ……」 「うん?」 「あげは……でいいよ。」 「あげは……?」 「あのね……友達になってほしいの。」 「……友達?私が……」 「うん!友達になってほしい」 「……私でいいの?こんな……私で?」 「私はあなたがいい。」 私は顔が熱くなった。赤くなってる気がするから恥ずかしい。もし、許されるなら私もそうしたい。でも何だか漬け込んでいるようで。気が進まなかった。 「なんか、良いことして漬け込んでるみたい。」 「いいじゃない。それで。本人が良いならいいの!ねぇ、なって……くれる?」 私の負けだな。そう思った。彼女の笑顔に私は弱いかも知れない。あんなに苦しそうに笑っていた『あげは』がこんなにも……幸せそうに笑うから。それも私が『友達』になるそんな中で。 「……もちろん。私は若葉、よろしくね。」  彼女と私。二人の出会いは春の息吹きとなって空へ帰る。私たちの笑い声が響く日はそう遠くない。 ルシェルナ……私と『彼女』一緒に未来へ進んでいくよ。 『彼女』の《始まり》を私は見守る。 『友達』として……  あなたは今日、どんな空を見ているの?
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