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事実と真実。どちらを重視するべきか。
清乃は、目の前に突きつけられた事実をどう消化してよいか混乱していた。強いて言うなら、事実以上の真実があるはずだという希望を持ちたかった。
何が起こったか……。
親友の眉子が忽然と清乃の前から姿を消した。
事の発端は、急に連絡が取れなくなったことだった。三週間前、カフェで一緒にお茶をした。二週間前は、メールのやり取りをいつも通りにしていた。それが五日前からメールも電話も通じなくなった。
清乃は、眉子が事件や事故に巻き込まれたのかもしれないと心配になりアパートを訪ねた。何度も泊まったことのある『幸せ荘』という名のアパート。一階に大家のおばあさんが住んでいる。
二階の三部屋あるうちの奥の部屋に眉子は住んでいた。鉄の外階段は濡れていると滑って危ないと眉子が言っていた。少し前に雨の日に滑って尻餅を付き、お尻を強打して青あざができたらしい。
今日も小雨が降っている。初秋のひんやりした夜の空気の中、仕事帰りの清乃は階段の下に立っていた。
東京の下町の住宅街。奥まった路地のつきあたりは、とても静かだった。大家さんの部屋は真っ暗で、近くに人の気配がしない。差している傘に当たる雨粒の音がサワサワとよく聞こえるほどだ。
まるで元々誰も住んでいないような錯覚に陥る。
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