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お父様は遠い目をしてしみじみと語りはじめた。
「お前と川釣りをして、新鮮な魚を丸焼きにして、アンナと三人でかぶりついて…眠くなったら日がな一日好きなだけ寝て」
アンナというのが、マルコーの産みの母親で、お父様の愛人だったのだろう。
この様子からすると、愛人宅ではスローライフを満喫していたようだ。
「お父様と一緒に作った動く人形は、今も大切に持っています。木馬はおおきすぎたので、置いてきてしまったのですが…」
マルコーは机の引き出しから、古ぼけた人形を取り出した。
人形といっても薄い木の板を人型に切って、手足をネジで止めただけのチャチイやつだ。
裏につけた紐を引っぱると動く仕組みらしい。
色はついておらず、顔とおぼしき部分には子供の落書きみたいな目と口が描かれているだけだ。
それも年月が経ったせいかうっすらとぼやけている。
もしかしたら、幼いマルコーが木炭か何かで描いたのかもしれない。
「……おお……」
お父様は口元を抑えて肩をふるわせた。泣くのをこらえているようだ。
「まだ……持っていたのか」
「はい。お父様がいないときはこの人形を母さんと二人で食卓に飾って、一緒にご飯を食べていました。離れていても、お父様の魂がこの人形に込められているからって、母さんは笑っていました」
「……」
「初めてここに来たときは、ひとりぼっちで寂しくて……ずっとこの人形と一緒に寝ていました。そばにお父様と母さんが居てくれる気がして」
「お行儀が悪かった罰としてごはんが食べられなくて、お腹がすいているときも。ぼくなんて本当は顔も見たくないとお母様に言われて悲しかったときも。この人形がいてくれたから、耐えられたんです。ぼくの大切な宝物です」
ボロボロの人形を胸に抱いて、どこか誇らしげに語るマルコー。そんな彼とは裏腹に、お父様の顔はみるみる悲しげになっていく。
「マルコー……本当にすまなかった。忙しさにかまけて、お前をイレーネに任せきりにしたのがいけなかったんだ」
お父様がマルコーの肩をガシッと掴んだ。
「これからはお前にちゃんとした暮らしをさせてやる。お前の望みも叶えてやる。だからなんでもお父様に言いなさい」
マルコーはもじもじしながら口を開く。
「ぼくは本当に、ここで暮らせるだけで十分幸せだと思っています。今はお姉さまも来て下さいますし、好きなだけ工作も出来ますし。だから……」
「お父様がいなくなっても、ここを追い出されないようにしてほしいです」
「……どうしてそんなことを?」
「すみません。お茶会が終わって部屋に戻ったあと、お手洗いに行きたくなって……その時にお父様とお母様の話を聞いてしまいました。お父様が亡くなられた後は、ロベルトという方が跡を継ぐのだと」
「……っ」
お父様がハッと息を呑んだ。
「お母さまはぼくを嫌っていらっしゃるから……もしお父様がいなくなったら、追い出されてしまうと思うんです」
「ぼく、なんでもします。お手伝いも頑張りますから。下男として働いてもいいです。だからずっとここに居させてください。お願いします」
マルコーが澄んだ瞳でお父様を見上げる。
お父様の目からぶわっと滝のような涙が溢れた。
「おお……マルコー! なんてことを言うんだ……!」
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