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優しい嘘 後編
駅から遠く離れた森の中のような空間にぽつりと佇む一件の店。晶の葬式からひと月が経ち、特に予定もない日曜日。俺は柊平に手渡された紙に書いてあった場所に来ていた。
別に行かなくていい。今更話したい事も聞きたい事もない。けれど 柊平が言っていた『晶の思い 』が気になって頭から離れなかった。
俺は小さく深呼吸をしてからゆっくりと扉を開いた。
「いらっしゃいませ……」
「何だ、おまえここで働いてるのか。」
「洸平……来てくれたの?」
「おまえが来いって言ったんだろ。」
「そうだけど来てくれないと思ってたからびっくりして……ちょっと待ってて。」
柊平は分かり易くあたふたしながらそう言うと足早に店の奥へと消えた。かと思えばすぐに出てきて今度は真剣な顔で言った。
「2階でもいい? 話はそこで。」
「あぁ、うん。えっと、ここおまえの店なの?」
「うん。俺と晶の店兼家なんだ。」
『俺と晶』というフレーズに胸の奥がちくりと痛む。こんな事で胸が痛むなんて、俺はまだふっ切れていないのだろうか。
「適当に座って。」
「うん。」
部屋の中をぐるりと見渡した後でソファーに座る。ここで2人が生活していたのかと少し不思議な気分になった。
「お待たせ。コーヒー、ちゃんとミルク多めに入れといたから。」
「あぁ、ありがとう。そんな事まだ覚えてたんだ。」
「まぁね。」
柊平はぎこちない笑みを向けてソファーの目の前にあるテーブルの下に座った。俺達は向かい合いコーヒーを飲んだ。
静かな部屋にコーヒーを啜る音だけが響く。
正直とても気まづい。この空気をどうにかしたい。その一心で俺は無理やりに口を開いた。
「結婚したのって大学卒業した後すぐだっけ?」
「うん。知ってたんだ。」
「まぁ……それで話って?」
結局気の利いた会話も出来ず、すぐに本題へ入った。もうさっさと話を聞いて一刻も早く帰りたい。
「あぁ……」
柊平が口を開いたと同時にリビングの扉が勢いよく開くと、ランドセルを背負った長い黒髪の女の子が部屋に入ってきた。驚く俺をよそに柊平は穏やかな声色で言った。
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