プロローグ

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プロローグ

いらっしゃいませ―――――。 カラン、とドアベルが響くと、耳触りの好い声が店内の雰囲気を壊さない程度の高さで来店した客を迎え入れる。 この店の名は『シルク』。声の主は店のバーテンダー、絹笠美律<キヌガサ ミノリ>。 決して煌びやかではない。流行の曲が流れるわけでもないし、ここじゃないと飲めない酒があるわけでもない。―――しかし。”オーナーの人柄に惹かれてね”、”店の歴史を感じる少しくすんだ壁の色やソファの質感が落ち着くんだよ”、”美律の成長が楽しみで・・”―――常連客は口々にこの店とそこで働く者たちへの愛着を語る。 年月を感じる佇まいだが汚れている所は少しもなく、客の目が届くことがないだろう棚やテーブル、スツールの脚などに、埃のひとつも残っていない。この店の持つ静かな気高さが、其処彼処に見て取れた。 『シルク』は、絹笠丈治<キヌガサ ジョウジ>が40年前に始めた小さなバー。 当時まだこの辺りは繁華街と呼ばれるほどたくさんの店はなかった。 この夜の街の発展をずっと見続けている丈治は、言ってみれば街の生き字引。
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