3.店番

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3.店番

 その時。     店の表から、かすかに女の子たちのさわぐ声が聞こえた。  さわぐと言っても、本人たちにその自覚はない。  ただ、話すだけで楽しいんだ。  私も、そうだったから分かる。    たった、2ヶ月前までの私……。  私は、体を硬くした。 「どうかされましたか?」  シューリングが聞いてくる。 「シューリングごめん。ちょっとの間だけ、ここにいて」  私は、レース付きの前掛けについた大きなポケットにシューリングをそっと入れた。  そうして、あわててスリッパを脱いで、ちゃぶ台のある部屋に上がった。  その声は、商店街に入ってきたのだろう。  だんだんと大きくなってきた。  声は、お店に近づいてくる。    壁の時計を見ると6時半を回っていた。  部活は終わった頃だ。  もしかして・・・・・・。 「ねぇ、サキ。ここ、《うえくら》ってあるよ。もしかして、ハナの店?」 「うん。そう」  やっぱり。  バトミントン部の子たちだ。    たぶんあの4人だ。    私は、急に胸がドキドキしてきた。    あんた達の声、まる聞こえなんですけど。 「ハナ、いるんじゃない?ちょっと、入ってみようよ」 「ハナじゃなくて、おばさんがいるかもよ」 「そんなことないって。ハナが部活やめたの店番するためでしょ」 「見ていこ。そんで、元気づけてあげようよ」 「・・・・・・うん」  だめだ。入ってこないでよー。こんな時に限って、お客さんいない。 「よし、入っちゃおー」 「はいろー。はいろー」 「はいろー」 「ハナー、来たよー」  セーラー服を着た中学生がゾロゾロと店にはいってきた。  私は、開けっぱなしの部屋の障子に隠れて、こっそり見ていたけど、放っておくわけにもいかない。  観念して、出て行くことにした。 「えーっ、来てくれたの?驚きだな」  私は、さっき脱ぎ捨てたお店用のスリッパをはきながら、笑ってみんなを出 迎えた。 「ほらー、ハナ、やっぱりいたしー」  バトミントン部の有望株、トモコが言った。    肩に、カバーに入ったラケットをかけている。後ろにいる子達もみんな。 「ふーん、古い店だけど、花がたくさんあって、いいんじゃない?」  ナナが、店内をジロジロ見回した。 「何、言ってんのー。花屋なんだから、花がたくさんあってあたりまえでしょー」  ナナにリカがつっこんで、周りのみんなも笑い合う。    私は、なんだかムカムカして愛想笑いをするので精一杯。  2か月前まで、どんなことでも、冗談言って、平気で笑い合っていたのに。 「でもさぁ、花屋の娘でハナって名前もないよねー」  ナナが笑いをこらえきれない、というふうに口をおさえた。    けど、もぅ顔は笑っていた。    思いついた自分に喜んでいるみたいだ。 「えーっ、ほんとだー。ハナに(花買いたい)なんていったら、エンコーだしー」  リカも、自分で言って自分で爆笑している。他のみんなもいっせいに笑い出した。  私は、笑っていたけど、怒りで顔がひきつった。 「ぜんぜん、冗談になってないよ」  私は、4人をにらんだ。  4人の顔が、一瞬でくもっていく。  集団で狩りをする肉食動物が獲物を見つけた時の残酷な光が、目をかがやせていく。 「ねっ、この花、なんて花?」  トモコが、水を張ったバケツから花を1本抜いた。 「・・・・・・それはね、アスターっていうキクの仲間」  私は、うえくらフラワーショップの店番を任されている者として、答えた。 「ふーん。ねっ、これちょうだい」  トモコが笑った。 「友達なんだからさぁ。これぐらい、いいでしょ。ねっ、みんなも」 トモコが振り向くと、後ろにいるナナとリカが、バケツから花を次々と抜いていった。  そして、最後に咲妃が残った。  バドミントン部の3人の視線、私の視線が咲妃に集中した。  私は、咲妃の鼻筋の通る整った横顔を見た。  どの花にしようか迷っているようにも見える。  咲妃が、手を伸ばしかけた。 「トモダチ?めずらしいな、にぎやかなの」 「えっ!誰?」    トモコは、目を丸くして、私に聞いた。    私は、怒りで言葉が出なかった。    貴之兄ちゃんが、店の入り口に立っていた。 「咲妃ちゃん、久しぶり」  貴之兄ちゃんが、咲妃に声をかけた。 「・・・・・・はい」    咲妃は、小さな声で返事をした。 「それ、買うんでしょ」  咲妃がトモコに言った。 「うっ、うん」  トモコは、ポケットから小さな小銭入れを出すと、私に500円玉を渡した。    私は、黙っておつりの400円をトモコの手に乗せた。  ナナとリカがバケツから抜いたのは、白と赤のバラだった。  二人から、200円ずつ受け取る。 「それじゃ」  トモコ達は、たがいの背を追いかけるように、店の外へ出て行った。 「おまえの友達って、あんなのばっかなの?咲妃ちゃんも、あんなに真っ黒になっちゃって、美人が台無し」  貴之兄ちゃんが心配そうに聞いてきた。 「お早いお帰りですね」 「なんだよー。たまに早く帰ってきたら、こんなこと言うんだもんなぁ。かわいくねぇな」  貴之兄ちゃんは、ヘラヘラ笑いながらレジ前のイスを引いて座った。  私は、怒りにうちふるえた。  こんなやつ、顔がよくて背が高いってだけで、女の子達にキャーキャー言われて、調子乗ってるだけのやつじゃないか。  中身ゼロ。 トモコやナナ、リカは学区が違うから、こいつを知らなかった。  私たちが中学に入ると同時に、こいつは卒業した。  咲妃は、近所に住む幼なじみ。  子どものころ、私たち兄弟と一緒によく遊んだ時なんか、咲妃が上倉家の兄弟と間違われた。  私の兄弟は、私以外はみんなかわいい顔をしているのだ。  それゆえ、兄弟の話を友達にしたことがない。    私もそんなに悪い方じゃないと思うけど、こんなのに囲まれて育ったら屈折する。    なんで、私だけお父さんに似ちゃったんだ。  落ち込む。  私は、スリッパを脱ぐと部屋に上がった。  ちゃぶ台の前に座って、宿題の続きを始めた。 「そんな勉強ばっかりして。そんなんばっかし、してたら、余計イジメラレチャウヨ!」  顔を上げると、レジ前に座る貴之兄ちゃんと目が合った。  その目に、ニタリとした笑みが浮かんでいた。 「バカヤロー‼誰のせいなんじゃー」  私は、貴之兄ちゃん目がけて、手当たり次第に、鉛筆やら消しゴムやらノートを投げつけてやった。 「なんだよ、俺のせいじゃないだろ。お前のせいだろー」  その通り。  嫌になる。  私は、立ち上がった。  店用のスリッパをはいて店内に出ると、入り口に向かって歩き出した。    貴之兄ちゃんのわきを通り過ぎる。  両腕を上げて、貴之兄ちゃんが自分の頭をかばった。 (バカじゃないの? 私が何かすると思ってんの?)  私は、貴之兄ちゃんをつきとばして入り口をすり抜け、商店街に飛び出した。  イスの転げる音、靴底がアスファルトにすれる音が響く。 「あっ、あぶねーな!!」  後ろから聞こえてくる貴之兄ちゃんの声が、耳についた。  
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