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葬儀
「うそつき!」
いつもなら、力のない七歳の少女に何度殴られても、善弥は平然としているだろう。
それどころか、得意げに笑って仕返しさえする。
けれども、この時ばかりは、力ない少女の拳が何よりも痛かった。
少女の悲痛な声に責められる度に、ナイフで切られたような痛みが善弥の心に走ったのだった。
「うそつき! うそつき……! おじさんのうそつき! なんで、ママをたすけてくれなかったの!?」
「ひめちゃん……」
「ママになにかあったら、おじさんがぜったいにたすけるって、やくそくしたのに……! おじさんのうそつき! うそつき……」
制止する老婆ーー少女の祖母だ。の声も聞かずに、少女はただただ善弥を恨む呪いの言葉を延々と繰り返していた。
棺の中で眠る母親とそっくりな顔立ちをした少女は、泣き叫びながら善弥の下腹部をずっと殴っていたのだった。
「ひめちゃん、その……」
「おじさんなんてだいっきらい! あっちいって!」
そう叫んで出て行った少女を、老婆は追いかけようとする。
その前に善弥を振り返ると、老婆は申し訳なさそうに頭を下げたのだった。
「ごめんなさいね。善弥くん。わざわざ仕事の合間を縫って来てくれたのに……」
「いいえ。あの、智恵……さんのことは……」
「いいのよ。私だって、いつかこんな日が来るだろうと覚悟していたもの。あの子が父親の跡を継いで、退魔師になった時からずっとね」
「俺が現場に間に合っていれば、智恵は……」
「そんなこと言わないで。善弥くんが間に合っていたら、今頃、善弥くんも死んでいたかもしれないわ。
今のひめちゃんは、智恵が亡くなったことを認められないだけなの。
落ち着いたらまた会いに来てね」
老婆は早口で言うと、少女ーーひめを追いかけて、部屋をあとにしたのだった。
その場には、呆然と立ち尽くす善弥と、どうしたらいいかわからず戸惑う葬儀の参列者、この状況の中でも経を唱え続ける僧侶だけが残っていた。
ふらふらと棺に近づいていくと、その中には死装束を着た若い女性ーー智恵が眠る様に入っていた。
「ごめん……ごめん……智恵……ごめん……」
謝ったからといって、故人が許すわけがない。
それでも、善弥は謝らなければならなかった。
智恵とひめーー親子を引き裂いたのは、他ならぬ自分なのだから。
その場に膝をついて、痛哭する善弥の声は、無機質な念仏に紛れて、他の参列者には聞こえなかっただろう。
誰にも聞かれない謝罪の言葉は、泡のように念仏の中に消えていったのだった。
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