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「あなたは……」
「覚えてる? 俺だよ。子供の頃に、よく会っていたよね」
さらさらのセミロングの黒髪に、母親と同じ黒の猫目をした少女は、善弥に近づいて来ると手を上げた。
そうして、善弥の左頬を叩いたのだった。
「うそつき! ずっとずっと待っていたのに、何で来てくれなかったんですか!?」
「何でって、それはひめちゃんが嫌いって、言ったからで……」
「そんなことは言っていません! わたしはずっとずっと待っていたんです。
また遊びに来るからって、ママがまだ生きていた頃に、言って……」
最後の方は涙声になって、尻すぼみになっていった。
涙を隠すように俯いていたひめだったが、すぐに顔を上げると、善弥を睨みつけてきたのだった。
「だから、ママが死んだ時も、おばあちゃんが死んだ時も、おじさんが来てくれるんじゃないかって、わたしを迎えに来てくれるんじゃないかって、ずっと待っていたんです……!
それなのに、あなたは来てくれなかった。
親戚中をたらい回しにされている時も、ママのような退魔師になりたくて、この学校を受験した時も、ずっと待っていたのに……」
「ごめん。ひめちゃん。ひめちゃんが待っていたことを忘れてて……」
叩かれた頬がじんじんと痛んだが、目の前の痛々しい少女を前に、痛む余裕すらなかった。
ひめにどう声を掛ければいいか迷っていると、事務室から出て来た女性職員に名前を呼ばれた。
「夕凪先生、話しは終わりましたか? 教頭先生から、早く彼女を追い返すように言われているんですが……」
「待って下さい! 結局、わたしは入学出来ないんですか!?」
「はい。同意書が無いので……」
「そんな……」
落胆したひめの肩を軽く叩くと、善弥は女性職員に向き直る。
「と、いうことは、同意書があれば、ひめちゃんは……彼女は入学出来るんですね?」
「はい、まあ……」
「ひめちゃん、同意書は持ってる?」
「持ってます。確か、鞄の中に」
事務室の前に放置されていた鞄からひめが同意書を取り出すと、善弥はそれを受け取った。
窓口から勝手に備え付けのボールペンを拝借すると、サラサラと達筆で書いたのだった。
「はい。これなら問題ないでしょ」
自分の名前を書いた同意書を差し出すと、女性職員は「はい……」と、小さく頷いた。
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