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彼の目の前で彼女が笑っていない日は一日たりとも存在しない。
「うそクンうそクン、髪なんで緑に染めてんの♪」
「知らないのか?緑の髪はどいつもこいつも嘘吐きなのさ。だから分かりやすく目印にしてるんだよ。みんながオレみたいな悪いヤツに騙されないようにな」
彼、逆峠 左右輔には悪癖がある。
それはどれも本当に他愛のない内容で、誰かを陥れたいというわけでもない。けれども、どうしても止められない。
逆峠左右輔は嘘を吐かずにいられない。
「へえ初耳♪」
クラスメイトの常春 朔良は彼をうそクンと呼ぶ。
“逆”峠の“左右”輔だから“うそ”クンなのだそうだ。センスは兎も角ひとを呼ぶ名としては如何なものか。しかし実のところ彼はその仇名をいたく気に入っている。
彼は痛々しいほどきっぱり緑色に染めてワックスで後ろへ流した髪を撫でつけながら片頬だけで皮肉っぽい笑みを浮かべた。三白眼のつり目もあってあまり人相がよろしくないが、彼はクラスの誰からもそれほど悪いヤツだとは思われていない。
痛いヤツだとは思われているが。
「そういうお前こそドの付くピンクだよなその髪」
「ピンクの髪はインランなんだよねえ♪かあいいっしょ♪」
ピンク髪のワンレンロングを揺らして朔良はケタケタと笑う。その発言に学習塾の教室内が一瞬、ほんとうに一瞬猛烈にざわついたが彼女は露ほども気に掛けず、周りを一顧だにしない。
「それは聞いたことあるな」
「でっしょー♪緑髪は嘘吐きって聞いたことないけどピンク髪はみんな知ってるよねー♪やっぱ、みんなさあ…」
朔良が急にテンションを下げて鼻に掛かった甘えた声を出した。
「えっちがだあい好きなんだよねえ♪」
誰もが聞き耳を立てていた。
直接見ようとはしないものの、ちらちらと彼女の様子を伺っている者たちばかりだ。学習塾で春休みも勉学に励んでいるような高校生にはちょっと刺激が強過ぎる会話だったかもしれない。
教室が水を打ったように、彼女の肢体にあらぬ妄想を掻き立てられ生唾を飲み込む音も、それすら憚るほどに静まり返っていた。
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