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ドアを開けた音のせいか、その後ろ姿の主——沢辺さんがゆっくりと振り向いた。緩く巻かれたミルクティーのような色をした長い髪がふわりと揺れる。僕と目が合った彼女は「あ、おはよう高山くん」と言って微笑んだ。
沢辺さんに名前を覚えられていた——これは大事件だ。
沢辺香里といったら、学部内では知らない者はいないくらい有名な、謎多き美人だ。華奢で色白、大きめのぱっちりした瞳の彼女は、髪色もあってか綺麗な人形のようで、学内でも一際目を引く存在だった。
当然あらゆるサークルから声をかけられ、一部からは執拗な勧誘も受けていたらしいけれど、彼女はどこにも加入しなかった。それどころか、学部の新入生歓迎オリエンテーションにすら顔を出さなかったくらいで、いつもひとりで行動していた。段々と彼女に声をかけてみる学生も減り、今では「不思議な子」「可愛いけど何を考えているのか分からない」などと言われている。
僕は彼女と話したことは一度も無かったが、講義中、窓際の席についてぼんやりと外を眺めている彼女の、僅かに見えた横顔が、作り物かと思うくらいに綺麗で驚いたのを忘れられないでいた。
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