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そんな彼女が、わざわざたいした関わりもない僕に声をかけてきた。しかも名前まで。これは三文の徳どころではない。三文がどのくらいの価値かは知らない。
せっかく知り合いになる良い機会が出来たのだから、ここでそっけなくして彼女から顔を逸らして寝るなんていうのは勿体無いし、なにより失礼だろう。眠ろうとしたとして、どうにも居心地が悪くただ目を瞑って時間の過ぎるのを待つしかなくなるに決まっている。
「おはよう、ずいぶん早く来てるんだね」
とりあえず挨拶を返すと、沢辺さんは軽く頷いた。
「誰もいないがらんとした教室が好きなの」
「へえ? ……あ、じゃあ邪魔しちゃったかな」
近寄っていいものか迷って立ち止まると、彼女は椅子の背に寄りかかるのをやめ、手にしていたスマートフォンを机に置くと、ぐいっと身体ごと僕の方を向いた。
「全然。ね、こっちの席座りなよ。窓際気持ち良いよ?」
「ん、じゃあそうさせてもらう」
大きな目を少し細めて笑う彼女にほっとして、僕は彼女の斜め後ろ、五人掛けの長机の真ん中の席に腰掛け、背負っていたリュックを机に置いた。
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