仮面

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「大荷物だねえ。今日取ってる授業多いの?」  椅子の背に両手をかけて後ろを向いたままの沢辺さんは僕のリュックを面白そうに眺めている。構内を歩いていたら一日に十人は似たような物を背負っている学生を見かけるようなありふれた物だ。もっとこう、個性的で「高山くんてセンス良い!」と思われそうなこだわりを感じさせる鞄だったら良かったのに。 「あー、まあ。法学系と二外が両方あって。電子辞書じゃなくて紙の辞書にしろって言うから仕方なく」 「大変だね。二外は何を選んだの?」 「フランス語」 「そうなんだ。私はドイツ語。フランス語って大変じゃない? 発音が難しそう」  僕のくだらない後悔なんて露知らず、彼女は会話を続ける。いつも一人でいるわりに、案外普通の雑談もするのか。高く細い声だけれど、少しゆっくりと発音するから聞き取りやすいな、などと思いながら彼女の質問に答えていた。  リュックからフランス語の辞書を取り出していると、不意に彼女が椅子から僕の方にぐっと乗り出し、顔を覗いてきた。 「もしかして寝不足?」 「え、ああ。まあちょっと早起きしすぎて」  大きな目でじっと見つめてくる視線を思わず避けながら答えた。 「そうなの? 隈があるよ。こんなに早く来ないで、寝直してきた方が良かったんじゃ……」  僕の顔を見上げたままそう言った彼女の声色は先程までと違い気遣わしげで、僕は慌てて言い訳をした。 「あー……いや、実は寝てないんだよね」 「え、徹夜? レポートとか?」 「うん、そんなとこ。最近課題が多くて」  大嘘である。  レポートは来週締め切りのものしかない。最近仲良くなった同級生連中と通話しつつソシャゲをやっていたらいつの間にか深夜二時を過ぎていて、その後も目が冴えてしまって寝つけないからベッドにねころんで電子書籍アプリで漫画を読んだり、動画を見たり、だらだらしていた。それにも飽きて買っておいた講義の参考書をぱらぱらめくっていたらだんだん頭がぼんやりとしてきたが、時計を見ると既に午前六時を過ぎていたから、諦めて起き上がったのだ。  正直に言うとちょっと格好がつかない。沢辺さんはソシャゲに詳しくなさそうだし。出来れば今は共通の話題で盛り上がりたい。 「でももう今週提出のは全部終わったから。平気」 「そっかあ。朝までお疲れ様」  にこっと笑いかけてくる彼女が眩しくて、嘘が申し訳なくなった僕はなんとか話題を変えようとした。
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