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ふと時計を見ると、いつの間にか八時十五分になっていた。四十分は話していたのか。それでも一限が始まるまであと三十分はあるからか、まだ他の学生は誰も来ていない。しかし、こんなに長く沢辺さんと二人きりでいられるとは。やっぱり三文の徳どころではない。今週の幸運を使い果たしているんじゃないかと思うくらいだ。
話しすぎて喉が渇いたな、とリュックの中から水筒を取り出そうとして、台所に置いてきたことに気がついた。またやってしまった。せっかく準備したのに、何故持ってくるのを忘れてしまうのか。今月はできるだけ節約したいのに。
「どうしたの?」
「あ、いや、水筒家に忘れてきたみたいで。ちょっとそこの自販機行ってくる」
「そっか、分かった。待ってるね」
不思議そうにこちらを見ていた沢辺さんはにこっと微笑ってスマートフォンを手にした。さっき見せてくれた黄色い百合がちらっと見えた。
財布だけ持って教室を出ようとした僕は、ドアの前で思わず足を止めた。足音か、気配か、僕の様子に気がついた彼女が声をかけてくる。
「どうしたの? また忘れ物?」
「……ああ、いや。なんでもない。すぐ買ってくる」
それだけ言って、教室の外に出てドアを閉めた。すう、と息を吸って、早足で歩き始める。
さっき後ろから聞こえた、彼女の呟きを忘れようとして。
「次は高山くんのアカウントを作ろうかなあ。男子もありだね。映画の話出来るし。二外、フランス語かあ」
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