番外編 くらげ姫の小旅行

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勿論琥太郎を置いて観光に行こうだなんて思ってないけど。 薬が効いて来たのか心なしか回復して来ている様にも見える。 軽口を叩ける様になったのは良い兆候。 看護師さんが気遣ってくれて、点滴が終わる前に会計と薬の処方を済ませる事が出来たから、点滴が終わると直ぐにタクシーに乗り込む事が出来た。 タクシーの中ではべったりくっ付いて手まで繋いで晶の肩に頭をもたげて思い切り甘えて来たけど、まぁ仕方ない。病人だから。 きっと楽屋で横になれる様に雪ちゃんが準備してくれているだろうし、とりあえず琥太郎を送ったらホテルに戻って、荷物を持って琥太郎のホテルに移動しなければ。 正直琥太郎の部屋に泊まるのは罪悪感が無いわけじゃないけど、緊急事態だから許されるだろう。 きっと。多分。 「じゃあ頑張って。ダメそうなら無理しないでお休みするんだよ?」 「頑張っては楽屋出る時に言って。ほら、早く晶も降りろよ。」 「は?私は一回ホテルに戻るよ。公演が終わる頃に荷物持ってそっちのホテル行くから、」 「晶がいないと無理!側にいてよ、頼むから!」 いや、さすがに劇場の楽屋はマズイでしょう!? 演者だけでなく沢山のスタッフさんたちもいるだろうし、楽屋に付いて行くのはちょっと。 「ホテルで待ってるから。ね?」 「いや、マジで無理だから早く降りて。こんなところで口論してる余裕ないんだよ。」 いくら点滴をして貰ったからと言って治ったわけではないし、琥太郎が言う事は尤もだけど。 「えぇ?本気?また三角さんに嫌な顔されちゃうよ?」 「晶は三角さんの事気にしすぎ。ほら、早く来て。」 そう言って腕を掴む琥太郎の手はやっぱり熱くて、晶は仕方なくタクシーから降りた。 口論する元気も余裕もないのは本当だろうし、滞在するかは別として、琥太郎を楽屋まで送り届けてとりあえず早く横にならせなきゃいけない。 それが先決に決まってるから。 「あっ!帰って来た!お前夜公演出られんの?無理すんなよ?」 元々の楽屋からちょうど三太が出てきたから、これ幸いと琥太郎の事を頼もうと思ったのに。 三太まで別にいいだろ、気にすんなよって。 気にするだろ!?普通は! 何度も言ってるけど、旦那の職場に着いていったりしないんだよ?普通はね! やって来た雪ちゃんが案内してくれたのは演者の楽屋から少し離れた個室。 ちゃんと布団も敷かれていて、氷枕やら冷えピタなんかもしっかり用意されていた。 「東馬、横になったままで良いから夜公演の段取り確認させて?メインじゃないところの出番を少し削る案が出てて、その説明。」 「大丈夫だよ。出来るから、」 「三角さんがその方が良いって。もうすぐ来るから。」 雪ちゃん!?あなた、今何て言った!? もう条件反射的にスッと立ち上がった晶を琥太郎は見逃さなかった。 「離して!マジで!」 「ダメだって言ってんだろ?早く座って。こっち!」 いくら熱があると言ったって元々の力の差は埋まるはずもなく、琥太郎にがっちり腕を掴まれてしまっては再び立ち上がる事すら出来ない。 「三角さんと仕事の話でしょ!?お願いだから離して!早くしないと来ちゃう!」 「だから三角さんは気にしなくて良いってば!」 「気にするでしょ!?普通!」 「ただここにいるだけだろ?何にもしなくていいから!」 「じゃあ話が終わったら戻る!絶対!約束するから!」 「やだ!」 とりあえず何でもいいから三角さんとの対面だけは避けたい。 だってあの人確実に私が琥太郎に悪影響を与えてるって思ってる。 確かにそう思われても仕方がない。 私はあんな大騒ぎを起こした元凶でもあるし、人気絶頂のアイドルが結婚なんて普通は考えられない事だろうし。 澤村さんが琥太郎の肩を持ってくれたから実現した話で、きっと他の人は反対しただろうし。 事務所の決定だから表立って何かを言われたり露骨に迷惑な顔をされた訳ではないけれど、事務所のスタッフさんたちだって本当は良く思ってないって事くらい分かってる。 みんなが現社長の澤村さんに気遣っている中、それでも三角さんだけは不機嫌さを露骨に態度に示していたからこれは相当ヤバいと思っても仕方ないと思う! しかし琥太郎の腕を必死で引き剥がそうとしていた時、無常にもその扉は開かれてしまった。 「診断は?」 「疲労か風邪か、喉は赤くないし風邪だとしても大した事はないだろうって。」 三角さんが部屋に入って来た瞬間、無意識のうちに視線を落として三角さんの視線から逃れようとしたものの。 琥太郎と話している三角さんはまるで私なんか見えないみたいで。 ホッとした様な余計に恐ろしい様な複雑な気持ち。 今夜の公演で琥太郎の出番を削る案について、2人でああだこうだと話していたけれど、結局は琥太郎の強い要望もあって公演は今まで通り、そう決着が付いて。 立ち上がった三角さんがこちらに背中を向けた瞬間、一気に脱力した。 大きなため息は必死で噛み殺したのに! 部屋を出る寸前、くるりと振り返った三角さんとバチっと目が合ってしまった。 明らかに気の抜けた顔で! 「お前さ、諦めが悪すぎるんだよ。直せ。」 「え?」 一体何の意味があるのか分からない言葉に晶だけではなく琥太郎もハテナ顔。 そんな2人には構もせずに三角さんは部屋を出て行ってしまった。 「どういうこと?」 「私に聞かないでよ!分かる訳ないでしょ!?」 「直せって言われても・・あっ!出番削らない話?もしかして。」 やっと答えを見つけた琥太郎に、まだそこにいた雪が笑いながらそれを否定した。 「違うよ。ツアーの時も今回もいつもあいつが熱を出す理由は"嫁に会いたい"だって。どうせ本番になれば諦めて熱だって下がるって。熱を出すだけ無駄なのに何でもっと早く諦めないんだ、って言ってたよ。」 「えぇ?さすがにそれはなく無い?何にもないのに熱は出ないでしょ?」 「皆んながチーフと同じインフルエンザだって騒いでた時、三角さんは子供の知恵熱と一緒だ!って言い切ってたよ。」 「まさか!」 「いや、全く無いとも言い切れない。」 「はぁ!?」 「俺晶の事になるとめちゃくちゃ諦め悪いもん。もしかしたら?何とかならないかな?いや、何とかするしかないだろ!って。」 「晶ちゃんが悪いね。」 「えぇ?わたし?」 「そうだよ!晶ちゃんが東馬を甘やかすから確実に甘え癖が出てるね!晶ちゃんなら、って。」 「晶は悪くない!俺がしつこいだけ!」 「あぁ、確かに。」 「晶ごめん。」 「は?何急に!」 「俺ワガママだから。」 「ちょっとやめてよ、何なのその謎テンション。」 「ワガママだって分かってるけど絶対にやめられないしやめたくない!俺は晶に甘えたい!」 「琥太郎あんた情緒が迷子過ぎる!」 「俺熱あるから!」 「分かった。とりあえず寝なさい。もう寝て。これ以上訳分かんない事を言う前に!」 「晶も一緒に寝て!ここまで来たら遠慮しないでワガママ言う!」 「雪ちゃん笑ってないで何とかして!これこのまま舞台に出すの危険じゃない!?大丈夫!?」 「東馬は本番になったら切り替わるから大丈夫だよ。」 「仕事はちゃんとやるよ!当たり前だろ!」 「いや、説得力のカケラすらないからね?」 「いいから!一緒に寝る!」 「1時間前に起こしに来るよ。鍵は私が預かってるから大丈夫。」 「え?雪ちゃん!?」 「あっ!さすがに添い寝だけだからね!?壁は薄いからダメだよ!?いい!?」 「ちょっと雪ちゃん!!?」 「分かった。頑張る。」 「あっ!雪ちゃん!待って!行かないで!」 「晶ちゃん大人しく抱き枕になってあげて。それがみんなにとっても東馬にとっても最善策だから。ね?」 「雪ちゃん!ちょ!雪ちゃぁぁん!」
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