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「ねぇ琥太郎?ちょっとソファーに座って。」
晶は立ち上がり琥太郎の腕を引っ張り上げる。
琥太郎がソファーに腰掛けた所で、初めて自ら琥太郎の膝に馬乗りになった。
琥太郎の顔が緩むのを見た晶は勝利を確信して言った。
「琥太郎、お願い!一生のお願い!明日牧場行こ?」
「お前、一生のお願いをそんな事に使っていいのか?」
「突っ込まないで。」
「明日も明後日も変わらないだろ?」
「だったらいいじゃない!」
「生活環境整えて、それからでもいいだろ?」
琥太郎は全く折れる気配すらない。
何ならさっきはあんなに緩めていた口元も今ではすっかり元通りになっている。
「だって・・・」
俯いた晶を琥太郎はちょっと焦って覗き込む。
垂れた髪を耳にかけて、よく表情が見えるように。
「そんなに行きたいの?」
「行きたい。琥太郎の顔が牛に見えるくらい行きたい。」
「やっぱり却下。」
真剣に思い詰めた様な顔をして言う言葉じゃなかった。素直に答え過ぎた!!!
せっかく琥太郎が折れかけたのに!
失態・・本当に失態!
「ねぇ!ほんとにダメ?こんなにお願いしてるのに!?良く考えて?
私、今日餃子何個作ったか分かる?
40枚入りの皮3袋、つまり120個も作ったんだよ?
それでもダメって言うの?」
正当な労働報酬じゃないか!?
そうだよ!
言わば無関係の私が!
あなた達の為にあんなに肉体労働をこなして来たって言うのに!
報酬もないなんて納得いかない!
いや、待てよ?
私に感謝すべき人間があと5人いるじゃん!
雪ちゃんは多分仕事だろうけど、他のやつらは琥太郎に便乗して3連休だって言ってた気がする!
もうこの際誰でもいい。
仕方ないから三太に・・いや、待てよ?
鈴木だよ!鈴木がいるじゃんか!
絶対にダメって言わなさそうだし!
甘い物好きそうだから、ソフトクリーム奢るって言ったら来てくれそう。
ひょいと琥太郎の膝から飛び降りてキッチンカウンターに置きっぱなしのスマホを手に取る。
三太の連絡先を呼び出すと迷いなく通話ボタンを押した。
「ちょ!お前どこにかけてるんだよ!」
慌てて琥太郎がスマホを取り上げようとしたが、相手は片手が使えないも同然。
左手で腕を掴まれてはいるが、右手はスマホを取り上げる事が出来ない。
「ふざけんなよ!晶!」
「うるさい!あ、三太!?」
「何?めちゃくちゃ騒がしくない?」
「ちょっと!琥太郎やめてよ!三太?颯太くん!颯太くんに私に連絡するように言って!グェッ!」
「グェッってなんだよ!」
電話の向こうで三太が大爆笑してるけどそれどころじゃない。
信じられないけど、今琥太郎の小脇に抱えられています。鯖折り状態で。
だらんと下がった両手両足がプラプラしてるんだけど、現実?
「三太、颯太に言う必要はないから。全部忘れて。今すぐ。」
「ちょっと何事?急に晶の声がしなくなったけどあいつ生きてる?」
「生きてる。いいな?忘れて。」
「分かった。分かった。とりあえず仲良くな。」
カタンとスマホを置く音は聞こえたが、反りかえって状況を把握出来るほど腹筋がない。
あと地味に苦しい。
「下ろして。グェッ、動かないでぇ!」
腕が鳩尾に食い込む!
動かないで!頼む!ぐえぇぇっ!
コロンとソファーに転がされた時は本当に大きな安堵のため息が出た。
「ちょっと!さすがにあれは!」
「二度とすんな!」
「え?何?ちょっ!」
あっと言う間に口を塞がれた。
強引に歯列を割って入ってくる舌に抗議の目を向けてはみたものの。
そんな抗議など到底聞いて貰える状況ではない事は明らかだった。
押さえ付けて激しいキスをしながらさっと滑り込ませた手は晶の背中へ。
左手では勝手が悪いのか多少苦戦しながらも下着のホックを外す。
さすがの晶も状況を把握してなんとか体を捻ってソファーから転げ落ちる様に逃げ出した。
「何してんの!?」
とりあえず片膝を着いて起き上がり睨み付けてみたが・・・
「待って!タイム!もしかして怒ってる?」
いつもなら怒ると言うよりは拗ねるだから、眼光鋭く見下ろされて口元がピクリとも動かないような顔されたら、普通ビビる。
「マフィアみたいな顔なんだけど!?」
「悪いけど。今はそういうのに付き合う気はない。」
低い声でそう言うや否や、今度は肩に担がれた。
「ちょっとさっきから荷物みたいに!」
絶対彼女の抱え方じゃないと思う。
お前は私を米俵だと思ってるのか?
正直、琥太郎を舐めてたんだと思う。
担がれて運ばれて、押し倒されても、本気で嫌だと言えば拗ねながらも逃してくれると思ってたし。
だけど、そんな簡単な話じゃなかった。
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