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あれやこれやとブツブツ候補を挙げては、チラチラこちらを見るものだから、ついに堪えきれなくなって爆笑してしまった。
「別に何でもいいだろ?そこ、悩むとこ?」
「悩むよ!適当にしたら多分途中で忘れる。」
「そこ!?」
「いや、太郎が良いと思ったんだけどさ、それじゃ普通のあだ名っぽいじゃん?アニメとかの登場人物の名前とかどうかな?って思ったけど、悟空しか思い浮かばない。」
悟空の件でもう笑いが止まらなくなった。
笑いすぎて前が見えなくて危ないくらいに。
「もう今は桃白白しか頭にない!」
「おまっ、タオパイパイって!」
もう止めろ。事故るから!
そう言っても晶はまだ悩んでいる様子で。
これ以上面白い事を言われたら本当に事故り兼ねない。
「ダーリンにしとけよ。そしたら俺はハニーって呼ぶから。」
「絶対嫌!」
「もう首都高乗るからこれ以上笑わせんな!」
晶は、えー!っと不服そうにカフェラテに手を伸ばす。
一旦諦めたらしい晶は流れる車窓の景色を見ながら、結構道空いてるね!とか、あのマンション家の中丸見え!とか、飛行機飛んだ!とか。
何でもない事ですら楽しんでいる様子。
この様子なら、行き先を決めないでドライブデートなんていうのも悪くなさそうだ。
色々杞憂している割には確かに深夜のスーパーでも楽しげにしていたし、案外外に連れ出してしまえばいいのかも。
そんな事を考えていると、パシッと腕を叩かれた。
「思い浮かんだ!」
「まだ考えてたの?」
「当たり前じゃん!あのさ、トラにしよう!トラ!ね?」
「トラって、タイガーの?」
「そう!思い出したんだけどさ、琥太郎の名前っておじいちゃんがつけたじゃん?」
確かに命名は父方のじいさんだと聞いているけど、ああ、そうか。
「もしかして、虎太郎だから?」
「そ!だってもしかしたら琥太郎はトラ太郎だった訳じゃん?だから、トラ!」
虎太郎と名付けた祖父をなんとか説得して、少し漢字と読み方を変えた名前が琥太郎。
確かに晶が言わんとする事は分かる。
「なんか風天のアレみたいじゃない?」
「さん付けしなきゃ平気だよ!じゃあ、トラちゃんにしよう。ちゃんって顔じゃないけど、まぁかわいいじゃん。ね?」
「別に俺はいいけど。」
「オッケー!じゃそれで行こう!」
やっと決まった呼び名に満足して終始トラちゃん、トラちゃんと言いまくる。
今のうちに慣れとかないと、晶はそう言うけど。
何だかちょっとモヤモヤする。
まるで晶が自分以外の男の名前を呼んでいるようで。
「これ絶対に開園前に着くパターン。ちょっと寄ってくか。」
「どこ?」
「トンネルの先。」
長い長いトンネルを抜けた先にあったのは海!
しかし琥太郎が寄ったのは所謂SA。
「何気に初めて来た!」
エスカレーターの前に乗る晶は嬉しそうにはしゃいでいるけど、段差のせいで近付いた目線の高さに悪戯な心が芽生える。
車を降りて手を繋ごうとして振り解かれたせいもある。
平日の朝だから平気だと何度も言ったが結局手は繋いでくれなかったし。
「ゲームセンターとかあるの?すごくない?」
このエスカレーターを昇りきればもうその先はないし。
前にも後ろにも人はいない。
「晶。」
後ろから声をかけて振り向いた瞬間、チュッと唇を合わせた。
キャップのつばがぶつかって、ほんの一瞬しか触れられなかったのに、晶は一気に頬を赤く染めて慌ててキャップを目深に被り直した。
「誰かに見られたらどうすんの!?」
「誰もいねーじゃん。」
「何処に潜んでるか分からないじゃん!」
「ここは忍者の里じゃねーわ。」
エスカレーターを降りると眼下に広がる海に、少し前の出来事など一瞬で忘れて晶は嬉しそうに走り出した。
慌てて追いかけて腕を掴む。
「何よ?」
「お前、海に落ちそうで怖い。」
「流石にそれはないでしょうよ?」
「いや、めちゃくちゃヒヤヒヤするから。手!」
こんな朝から展望台にいる人など誰もいなくて。
晶はキョロキョロ辺りを見回してから、やっと手を絡めた。
「めちゃくちゃ景色いい!」
「写真撮る?」
「撮ろう!琥太郎そこら辺に立って!」
「何言ってんだよ。」
腰に回った手がくるりと晶を反転させる。
視点を定めた時にはもう琥太郎がスマホを構えていて、ぎゅっと抱き寄せられると共にシャッター音が鳴った。
「あははは!すげー顔!いいじゃんこの写真!」
「ちょっと!自分だけ顔作ってずるい!」
「お前どうせ写真で笑顔作れないじゃん。こっちの方が全然いいよ。」
それにしても酷い写真。
驚いて目見開いてるし、口が半開き。
琥太郎は流石に撮られ慣れてるからか、あんな一瞬でも抜群の笑顔。
「消してよ!」
「ヤダね。」
高く挙げられたスマホには到底手が届かない。
いいもん!チャンスを待っていつか絶対に消してやる!
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