大人の夏休み 牧場編

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「牛!牛いた!見て!牛がいっぱい!」 くねくねした山林を通り抜けてやっと開けた道の先、小高い丘にはあちこちに牛の群れ。 「はいはい。ちょっと落ち着いて。」 「牛って斜面いけるんだね。野良の牛って山にいるの?」 「野良の牛なんか見た事ねーよ!」 駐車場の車は簡単に数えられるくらいしかなくて、かけていたサングラスを畳んでシャツに引っ掛けた。 「えっ?外すの?」 「バレないって。大丈夫。」 開園したばかりだからか本当に人はまばらで、入園ゲートの先に何組かの親子連れが見えるだけ。 ツアー付きの入園券を買ってがらんとした園内に入る。 「これ経営が心配になるね。」 「平日の朝一だぞ?」 あまりの人気のなさにすんなり手を繋いでくれたのは良いが、躓きそうなくらい早足で歩くのはどうなんだ? 「もっとゆっくり歩けよ。」 「ふれあい牧場だって!」 「聞いてる?」 「ふれあい牧場って何がいると思う?」 ダメだ。全然聞いてない。 早足が小走りに変わりつつあるし。 「あった!あそこだ!」 目当ての場所を見つけると琥太郎の手を離して一気に駆け寄って行く。 「こら!走んなって!」 晶は琥太郎の声を無視して一目散にふれあい牧場へ入って行った。 「ちょ!ヤギ!」 高い場所に掛けられた足場板の上をテクテク歩くヤギの写真を熱心に撮っていたかと思えば、ちいさなカンガルーみたいな動物にそろそろと近付いて行ったり。 日陰でグデッとしているカピバラの背中を撫でて、毛が硬いと騒いでみたり。 写真の笑顔は苦手なくせに、そのカピバラと一緒に撮った写真は抜群の笑顔で。 どこからどう見ても完全に楽しんでいる。 なんならちびっ子よりも確実に嬉しそうな顔をしている。 「ねー!トラちゃんも触ってみなよ!」 「俺はいい。触った事あるから。」 「怖いんでしょー!?」 「そうそう。怖いのよ?だからいい。」 「手が汚れるからでしょ!?そんなんじゃ牧場楽しめないよ?」 「俺は晶を見て楽しんでるから大丈夫。」 実際に動物を見て癒されると言うよりは、動物にはしゃぐ晶を見て癒される。 それは紛う事のない事実で。 そんな姿をさっきからスマホのカメラに収めまくっているのに、当の本人はそれすら気付いてない。 「じゃあさ、牛見に行こ?ファームツアーの集合あっちだし。」 しっかり手を洗って、水気をブンブン手を振り回して飛ばそうとする姿が、めちゃくちゃかわいいなんて思える辺り。 初めてのデートに浮かれているのはお互い様かもしれない。 「ねぇ!こっ、トラちゃんその柵の所立って!」 「お前今琥太郎って言いかけただろ?人もいないしわざわざ変える必要なくない?」 「いいから!立って!」 「何したいの?」 「写真撮る!アイドルと牛!」 大きな声でアイドルって言ってるし。 大体アイドルと牛ってなんだよ。 「あっ、いいねー!次はちょっと目線外して。そうそう!プロだねー!」 多分カメラマン気取りなんだと思う。 めちゃくちゃ下らないとは思うけど、楽しそうだからつい乗ってしまう。 見て!見て!と得意げに撮った写真は想像した通り、かなりシュールな出来で。 下らないけど楽しいには楽しい。 じゃあ今度はと晶にも同じ指示を出せば、割とノリノリでリクエストに応える。 途中から背後の牛は見切れて、晶の色々な表情を撮っていた事は内緒にしておいた。 「そろそろ時間?」 「10分前だな。行くか。」 すぐ近くの集合場所に向かえば、出迎えたのは大きなトラクターが牽引するトロッコの様な乗り物。 前に並んでいるのは数組だけ。 順番に席に案内され、次が自分たちの番となった時、案内係の男の子が一瞬琥太郎を見てハッとした表情を浮かべた。 マズイ。 しかし、キョロキョロと周りを見回した係の男の子は人差し指を口の前に持って行って、内緒のポーズを取ると、トロッコの1番後ろの席に案内してくれた。 「あれ、気づいたよね?」 「多分な。だけど、ここに案内してくれたって事は大丈夫だろ。」 前の数組から離れた席にしてくれたのは少しでも距離を置く為だろうし。 1番後ろだけは向かい合わせのシートになっていて、前には背を向けて座れるから。 「やっぱサングラスかけといて。」 「これ降りたらな。」 本当はレンズ越しなんかじゃなく晶を見ていたかったが仕方ない。 記念すべき初デートでケチが付いたらきっと晶はもう同意してくれないだろうし。 ここは贅沢を言わずに我慢するしかない。
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