大人の夏休み 牧場編

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「ドナドナ気分。」 「あちーな。」 「さっきの子牛可愛かったねー!」 「かわいかったけど、あれ写真に撮ってどうすんの?」 「違うし!動画だし!」 「だからどうすんの?後で見るの?あれ。」 「え?見るよ。見ようよ!一緒に!」 子牛がミルクにガッツく姿をもう一度見たいかと言われたら、特に見たくはない。 だけど、動画を見て笑顔になる晶は見たい。 「いいよ。」 確かに動画に残しておけば後で見返せる。 動物をわざわざ撮影する気はないけど、動物と戯れる晶は撮るべきかもしれない。 「牧場内でアルパカに餌やりが出来るのはツアーだけです!」 そんな煽り文句に加えて、参加者が少ないから特別にと、本当かどうか分からないがいつもより多い餌を手に乗せて貰って。 「トラちゃん!アルパカ!」 子供よりも先にアルパカの柵に駆け寄る晶を後ろから動画に収めながら追いかける。 「うわっ、凄い!ぐいぐい来る!」 口元を泡だらけにして咀嚼しながら近付いて来るアルパカに、若干引き気味ながらも楽しそうに餌やりをしている晶。 足元にはひつじが群れを成していて、こっちも餌を貰おうとやたらまとわりついて来る。 「トラちゃん餌あげないの?」 「晶がやっていいよ。ほら。」 右手に乗せていた餌を晶の手の中へ落としてやれば、ありがとう!と満面の笑み。 包帯にくっついた餌を足で軽く叩くと手元に寄って来るひつじたち。 「俺は餌ないぞ。」 しつこく匂いを嗅いで来るひつじに忠告していると、ひゃあ!という晶の小さな悲鳴が聞こえた。 「晶!?」 もしかしてひつじに噛まれたのか?そう思って顔を上げて見れば、お尻を押さえてしゃがみ込む晶がいて。 一旦動画を止めて駆け寄ると、恥ずかしそうに晶は自力で立ち上がった。 「なに?噛まれた?」 「違うけど。」 晶がしゃがみ込んでいた場所にはひつじが群がっていて、恐らく晶がぶちまけた餌を呑気に食べている。 「どうしたんだよ?ケガはない?」 「ケガとかじゃなくて。ひつじが。」 「ひつじが?」 「ちょっとぶつかってビックリしただけ!」 多分重要なところを端折っているだろうけど、見る限りケガをした訳でもなさそうだし。恐らく真実はこのスマホに収まっているはず。 何があったかは後で見返せばいい。 「あー、終わっちゃうね。」 さっき乗り込んだ集合地点が見えて来ると、晶は明らかに残念そうな声をあげた。 色々な動物がいたけど、結局見ていたのは動物ではなくほとんど晶で。 そう言う意味では確かに名残惜しい。 トロッコから降りる時に、入れ替えで次の客を案内していたさっきの男の子は、琥太郎と目が合うと小さく何度も頷いて口にチャックをする仕草をした。 琥太郎は口パクでありがとうと伝えて、小さく会釈してからサングラスをかける。 多分あの子は言いふらしたりしないだろう。 そう信じて。 「ねぇ!ソフトクリーム食べよ?」 晶が指差した売店にはソフトクリームの看板。 「私買って来るから、あっちで待ってて。」 「俺が行くよ。」 そう申し出たものの、ツアーから戻ってみればさっきよりも人手は増えていて、売店にも数人の列。 晶は売店の人集りを指差して小さく首を横に振った。 「じゃああの木の下で待ってる。自販機で飲み物買っとくから何がいい?」 「水かお茶。じゃあ行ってくるね。」 晶が列に並ぶのを見届けて自販機で水を一本買う。振り返って晶の姿を確認しながら少し離れた木陰へ移動して、そこからソフトクリームを買う晶を眺めていた。 両手にソフトクリームを持って小走りでこちらに向かう晶に小さく手を振る。 晶もソフトクリームを少し上げてそれに答えた次の瞬間。 ふざけながら移動して来た集団で晶の姿が見えなくなった。 「早くどけよ。見えねーだろうが。」 大学生か?こんな平日に集団で遊びに来るのはそれくらいしか思いつかない。 男ばかりでこんなとこ来て何が楽しいんだ? 暫くして、集団の間からひょこっと出てきた晶は、なにやらペコペコ頭を下げている。 「は?」 集団の何人かは明らかに晶に向けて手を振ってる奴がいるし、両手に持っていたソフトクリームがひとつない。 考えるより早く足が動いて晶を迎えに歩き出していた。 「ちょっと!向こう!向こう向いて!」 慌てて晶が琥太郎の手を掴んでその場から遠ざけようとした。 「何があった?」 「ごめん!ぶつかって、一個落ちちゃった。」 「それはいいけど、あいつらと何話してたの?」 「ああ、いらないって言ったのにね。これ。」 ズボンのポケットから出てきたのは500円硬貨。 差し詰め、ぶつかった相手がよこしたと言う事だろう。 「これ400円だから貰いすぎって言ったんだけど、強引にズボンのポッケに入れるんだもん。」 「は!?」 「え?やっぱり100円返すべき?私小銭なくて、トラちゃん持ってる?」 「待って、お前のこのポケットに、手突っ込んだって事!?」 「手を突っ込んだって言うか、お金を」 「ブッ殺す!」 くるりと踵を返した琥太郎の腕を慌てて掴んで何とか制止する。 「ちょっと!ダメだよ!ダメ!」 「許せる事と許せない事があんだろ!?」 「目立っちゃダメだって!絶対バレるから!それに見て!これ!手がベトベトだし!早く食べないと!」 真夏の日差しにかかればソフトクリームなどものの数分で溶けてしまう。 既に形が崩れて、溶けたソフトクリームが晶の手に盛大にかかっていた。 「はい。あーん!」 口元に持ってこられたソフトクリームを反射的に口に入れる。 冷たくて甘い。 「えっ?丸ごと齧る?普通舐めない?」 晶は頂点部分が丸ごとなくなったソフトクリームを溶けた外周部分から器用に舐めとって行く。 「ダメだ。一気に食べちゃわないと無理だ。」 ぽたぽたと垂れ続けるソフトクリームを一気に口に入れて、コーンだけになったそれをいたずらっぽい笑みで琥太郎の口に突っ込んだ。 「2人一口ずつで食べ終わるって、私たちヤバくない?」 「ヤバいな。お前。」 「私だけ!?トラちゃんが半分以上食べたじゃん!一口で!」 「違うよ。舐め方がエロ、いてっ!」 容赦ない蹴りがまともに膝裏に入る。 倒れはしなかったが、ガクンと膝が折れてもう少しでへたり込むところだった。 「外だから!言動を謹んで!」 「だってマジそうだったから。」 「うるさい!手洗って来るからもう大人しくしといて!」
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