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スキニーデニムの前ポケットに手を突っ込むなんて、下心がなければ絶対にやらない事だ。
何も考えてない、社会的責任もない、その場のノリだけでやったのかもしれないが、許される事じゃあない。
「お待たせ!もー!ガン見しないの!サングラスしてても分かるよ?治安悪い!」
「晶がいなかったら殴ってる。」
「物騒だなー!そんなに喧嘩っ早かった?」
「いいや。俺はギリギリまで何もしない派だから。」
一応アイドルの自覚はあるし。
それは今も昔も変わらない。
高校生の頃には、そりゃあ何回か取っ組み合いの喧嘩もしたけど。
顔にあざを作る訳にはいかないし。
基本的には平和主義のはず。
だけど今回はイライラが治らない。
人の大事な物に気安く触りやがって。
「さ、行こ!上に遊園地があるはずだから。」
晶はそう言って琥太郎の手を引いて坂道を登り始めたけれど。
なにしろこの坂が思いの外きつい。
案の定半分程登ったところで明らかにペースがガタッと落ちた。
「運動不足!足が上がらない!」
「引っ張ってやるから頑張れよ。」
どの道坂を登るか降りるかしなければいけない状況で、初めは手を引いて歩いてみたけれど、一向にペースは上がらない。
ならばと背後に回って背中を押して歩いてみたけど、重い足取りは変わらない。
「ほら、頂上見えてきた!」
「えぇー!まだまだじゃん!」
立ち止まってこの世の終わりみたいな顔をしているけど、残りはせいぜい2〜30m。
普通に歩けば1分もかからない。
お父さんに肩車されている子供を恨めしそうに眺めて、漸く一歩を踏み出したが、その姿はまるでお婆ちゃんの様だ。
「仕方ないな。ほら、乗れよ。」
晶の前にしゃがんで背負う体勢を作ると、恥ずかしいから嫌だと言うとばかり思っていた晶はあっさりと首に手を回してきた。
「恥ずかしいって言わないんだ?」
「いや、琥太郎怪我してトレーニング不足だと思って。彼女として協力すべきと判断しました。」
「それはどうもありがとう。」
「ねぇ、やばいよ。太ももがプルプルしてる。」
「は?してねーよ!」
「違う!私の太もも!」
坂道を終えて晶を下ろして見れば、確かに小刻みに足が震えていて。
2人で大笑いしながら手を繋いでゆっくり歩き始めた。
「遊園地ってこんなだったっけ?琥太郎が乗れそうなサイズじゃないね。」
あきらかに子供向けの乗り物は諦めて、ゆっくりと散歩する事に決めた。
レジャーシートを敷いて寝転がる人や、キャッチボールやバドミントンをする親子連れを横目に手を繋いでゆっくり歩く。
「お土産買う?」
「下の売店でな。今買ったら荷物になる。」
売店を通り過ぎてゆるやかな坂を下って行くと、やがて人通りは疎らどころか誰もいなくなった。
「道合ってる?」
パンフレットを広げて確認するが、道は間違ってない。
ただ、緩やかな下り道はさっきの急坂の何倍もの長いルートらしく、恐らく遠回りをする人がいないだけ。
「別に急いでないし、これはこれでいいじゃん?」
「そうだね。これくらいの坂なら大丈夫そう。」
「ダメそうならまたおんぶするよ?」
「大丈夫だってば!」
「じゃあちょっと休憩する?あそこ、ベンチあるし。」
木陰のベンチに腰掛けると、やっぱりまだ膝が笑っている状態で。
琥太郎が簡単にマッサージしてくれて震えは治ったけど、乳酸が溜まりまくっている感覚は抜けない。
「明日確実に筋肉痛。」
「今夜はぬるい風呂でよくマッサージしないとな。」
「やっぱり運動始めなきゃ。私もジム行こうかな。」
「一緒のとこ行く?俺がトレーナーになってやるよ。」
冗談じゃない。
琥太郎が行ってるようなマッチョなジムなんて恐ろしくて行ける訳がない。
私が求めているのは実家のマンションに併設されてるレベル。所謂フィットネス。
「いや、いい。やっぱり行かない。汐ちゃんとプールで十分。」
確かに、それがいいかもしれない。
あそこは利用者自体が少ないし、変な奴が来る事もない。
ジムで見かける女の子は、ピッタリとしたウエアを身に纏い、あちこちをやたら露出させている子も少なくない。
筋肉や体のラインを確認するためであって変な意味ではない事は分かるが、晶があんな格好をしてトレーニングするとしたら大問題だ。
見る気がなくても自然に目に入っちゃうものだし。チラ見だとしても不特定多数に見られるなんて虫唾が走る。
でも。家で、俺の前だけで着るなら全然アリだな。いや、寧ろ何で今まで思いつかなかったんだろう?
「それか、うちのマシンでやればいいよ。使い方教えるから。」
「ああ、そうだね。せっかく色々あるんだし。うちなら通う手間もないし。」
「やる気が出る様にジムウエア買ってあげる。」
「えぇ?いいよ。それこそ家だし。琥太郎だって上脱いだだけの格好でやってんじゃん。」
「モチベーションの問題だよ。」
俺の。
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